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レンズ・マニアックス(37)ペッツヴァール対決

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今回は補足編として、ペッツヴァール(ペッツバール)
式/型の光学系を持った2本のレンズを紹介しよう。

いきなり聞いた事の無い用語だと思うが、追々説明
していく。

----
では、まず最初のシステム
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レンズは、Lomography (xZenit)
(New) Petzval (85) (Art) Lens 85mm/f2.2
(中古購入価格 50,000円)(以下、PV85/2.2)
カメラは、NIKON Df(フルサイズ機)

2014年発売の、ロシア製ぐるぐるボケMF中望遠レンズ。
(注:実は、単に「ロシア製」だとは言えない状況だが、
詳細は長くなるので、追々説明する)

正式名称は不明、上記レンズ名の()の部分は出展資料に
よって記載されている場合と、そうで無い場合がある。
(製品Web上や、取扱説明書、元箱等でも同様)

まず最初に【注意点】だが、ロシア製レンズである為、
一眼レフ用マウント(NIKON F、CANON EF)製品であっても、
いきなりデジタル一眼レフに直接装着するのは危険である。

マウントアダプターで試験的に装着してみる、次いでジャンク
機体に装着した後に、上級機で使う等の慎重な対応が必要だ。
今回も、そのような安全確認を施した後、NIKON Dfに装着
して使用している。
_c0032138_11323902.jpg
・・さて、説明がとても面倒なレンズの登場である(汗)
本レンズの歴史背景等の説明で記事の大半を費やす予定だが、
まあやむをえない、現代の一般ユーザー層には無縁のレンズ
だろうからだ。

簡単に言えば、「ぐるぐるボケ」が発生するレンズであり、
正式にこの効果を謳い文句としているレンズは、記事執筆
時点(2019年末頃)では数機種しか存在しない(後述)

今回の記事では、希少なそれら「ぐるぐるボケ」レンズの
中から、所有している2機種を紹介/比較する記事としよう。
ただし、「対決」と言う要素は弱く、本記事では歴史的な
背景の紹介や技術的な内容が主となる。

(注:「ぐるぐるボケ」レンズを用いても、全ての撮影
条件で「ぐるぐるボケ」が発生する訳では無い。
その理由は大変難解ではあるが、後で少しだけ解説する。
とりあえず本記事中では「ぐるぐるボケ」の発生している
写真と、それが無い写真を混ぜて掲載する。
ちなみに「ぐるぐるボケ」発生のコントローラビリティ
(自在な制御性)は殆ど無いか、または、極めて高度な
撮影技能が要求されると思われるので、世の中に存在する
「ぐるぐるボケ」の作例写真の殆ど全ては、たまたま、
それが発生しているものを選んでいると思われる)

_c0032138_11323970.jpg
「ぐるぐるボケ」の原因は簡単に言えば「収差」である。

オールド(海外製)レンズ、オールド国産レンズ等、
1960年代頃迄の写真用レンズでは同様な描写傾向を持つ
もの(特に大口径レンズ)もあったのだが、その後の時代
においては、レンズの設計技術、およびガラス素材等の
改良が進み、現代においては「ぐるぐるボケ」が発生する
一般レンズは皆無と言っても良い。

そんな現代で、まず、Lomography(ロモグラフィー)社
(本社はオーストリア、工場は主にロシア)より、本レンズ
PV85/2.2が発売されたのだが、このレンズ、実は
「クラウドファンディング」により開発販売されたので、
一般向け販売という様相ではなかった。

クラウドファンディング(Crowdfunding)とは、簡単に
言えばネット等で出資者を募り、それが集まったら何らかの
事業を行う事であるが(注:ここで、クラウドとはIT用語
での「Cloud」では無く、「群集」という意味である)
・・写真用レンズの場合は、目標となる金額が集まったら、
レンズの開発/製造を行い、出資者に優先的に販売(頒布)
する仕組みである。

現代においては様々な事業において良くある形態ではあるが、
カメラ(レンズ)界でこれを行ったのは、恐らくだが本レンズ
が初めてではなかっただろうか? 2013年の事であった。

Lomography社が本格的な写真用レンズを作るのは、これも
初めての事であった。しかし、だいたい1980年代位から
「LC-A」等のトイカメラがあり、この企業はトイカメラや
トイレンズの発売元として活動していた為、「LOMO(ロモ)」
の名前は世界中に知られていたので、この資金はすぐ集まった
そうである。だだ、お金が集まってから開発を始めるので、
本レンズの実際の発売は2014年までずれこんでいる。

以降、2015年には第二弾の58mm/f1.9の「Petzval」を、
そして2016年には第三弾の「ダゲレオタイプ」レンズ。
また、2019年には第四弾「Lomogon」と、第五弾
「Petzval 55/1.7 MKⅡ」が発売されている。

第五弾レンズを除き、いずれも、クラウドファンディングで
あったように記憶しているが、初代の本レンズは出資者主体
での販売で、すぐ売り切れてしまったのが、第二弾以降では、
そのまま一般向けの販売も行っている模様である。

(追記:2020年には「Petzval 80.5/1.9 MKⅡ」が
新発売。これは、本レンズPV85/2.2の後継機種だと
思われるが、Lomography社での「MKⅡ」は、初代製品
とは焦点距離も開放F値も変化する場合が良くある模様だ)


よって、本レンズは、なかなか市場に流通していなかった
のだが、2019年になって、ようやく、本レンズおよび、
その金色(真鍮色)仕様の2本が中古市場に流れて来た。

これらは「投機層」による放出品ではないか?と推察している。
希少である事は確かなのだが、あまりこの手のレンズが市場で
話題になる事も少なかった。なにせ、どう考えてもマニアック
すぎる製品だ、そう誰でもが欲しがるレンズとは思えない。

それに高価すぎる。それまでのLOMO製品は、数千円という
価格帯だったのか、一気に10倍以上、7万円~10万円の
高付加価値型の高額商品に変貌してしまっていた。

真鍮色バ-ジョンは派手すぎる印象があったし、先に中古
市場に出てきたのが黒色バージョンであったので、こちらを
選択。まあ、真鍮色はいずれ他のLomography製品で、機会が
あれば購入する事にしよう。
_c0032138_11324803.jpg
さて、このあたりのレンズの説明をするのは「写真史」に
ついての理解が必須となる。だが、幸いな事に、本レンズの
他者の紹介記事等では、その歴史について触れている場合が
殆どであるし、あるいは設計者ペッツヴァール氏そのものの
情報も世の中には沢山ある。でも、個人的には、それらを
単に引用しただけの「二次情報」を本ブログで書く事は、
あまり好まない。(「二次情報には情報価値が無い」と
思っているからだ)

ここでは、もう少し深堀りして、技術的観点および歴史的
な観点から補足的な説明をしていこう。


まず、ペッツヴァール氏がペッツヴァール型構成レンズを
開発するきっかけとなった、ライバルのシステムがある。
それは1839年に開発された、ダゲール氏(仏)による
「ダゲレオタイプ」だ。

ダゲレオタイプは特定のカメラやレンズを指すものでは無く
まず、フィルムの元祖とも言える、銀メッキをした銅板の
表面を、ヨウ化銀(AgI)化して「感光板」とした、いわゆる
「銀板写真」を実用化した事が特徴的なシステムである。
勿論これは歴史的快挙だ。

そして、その搭載レンズは、「アクロマート」を世界初で
採用した事も大きな技術的特徴だ。
(注:近年のLOMO製のダゲレオタイプとは構造が異なる)

「アクロマート」(Achromat)は、屈折率や色分散が異なる
2枚の凸凹レンズ(クラウンとフリント)を貼り合わせた
ものであり、現代では「ダブレット」と呼ばれる事もある。
これは「色収差」を補正する効果があるが、この構成で可能な
補正は、基本的には光の2色(2波長)のみである。

これをさらに改良して、3色(3波長)での色収差補正を実現
したものは、一般に「アポクロマート」(Apochromat)と
呼ばれているが、これでは長いので、適宜「アポ」(APO)と
省略される。

そう、銀塩時代においてSIGMAやMINOLTA製の高性能レンズ
に良く名前が冠されていた、あの「APO」の事であるし、
また、現代においても、コシナ・フォクトレンダーから、
アポランター(APO-LANTHAR)や、マクロアポタンター銘を
冠する高性能レンズが発売されているので、中上級層であれば
良く知っている名称であろう。(注:元祖アポランターは、
1951年頃のドイツ時代のフォクトレンダー社による開発だ)

「では、アクロマートは、アポクロマートよりも性能が
 低いのか?」と言えば、まあ、それはそうなのだが、実際
には用途によりけりであり、例えば、そんなに広範囲の波長域
を用いない観察分野、具体的には天体望遠鏡とか、学術用の
観察装置(顕微鏡等)の一部においては、アクロマート仕様
で十分な場合もある。なにも高性能を求めてコスト高になる
事は、必ずしも歓迎できるケースでは無い事もあるからだ。
_c0032138_11324862.jpg
さて、「ダゲレオタイプ」は、アクロマート仕様で画期的
ではあったのだが、弱点を持っていた。

それは具体的には、感度の低い「銀板写真」と開放F値の
暗いレンズ(開放F値=F17程度)との組み合わせでは、
感光(露光)時間(=シャッター速度)が、日中でも、
10分~20分もかかってしまう事であった。

1枚写真を撮るのに20分もかかるのでは、実用的には厳しい。
まあ、ダゲレオタイプは歴史的価値は非常に高いが、まだ
「写真機」としては完成度が低いという状況であったのだ。

ここから感光(露光)時間、すなわちシャッター速度を
速めるには、フィルム(銀板)側と、レンズ側の両方の
改良が必要である。ダゲレオタイプはその後、感光材料を
改良し、最終的には数秒間の露光時間で大丈夫なように
なったそうだが、それには少し年月を要した事であろう。

ダゲレオタイプの開発は、フランス政府の援助もあった
模様であり、完成品は1839年にフランスで公開された。

これに興味を示したのが、オーストリア(国)である。
特に、ウィーンの工学研究所の教授が「ダゲレオタイプと
同様かそれ以上のものがオーストリアでも作れないか?」
と思った模様だ。

さて、ここでやっと「ペッツヴァール氏」の登場である。
スロバキア出身のペッツヴァール氏ではあるが、その当時は
オーストリアのウィーン大学の数学教授であった。

で、実は、オーストリアのウィーンには、なんとすでに
「フォクトレンダー社」が存在していた(!)
フォクトレンダー社の創業は、このダゲレオタイプの時代
よりも、さらに80年以上も前の1756年だ。

この年は、モーツアルトの生誕年(注:オーストリアの
ザルツブルグ生まれ)であり、そんな昔の時代に光学器械
メーカーがあったなどは、なかなか信じられないのだが、
まあ歴史的な事実ではある。

歴史的と言えば、フォクトレンダー社創業の年の1年前に、
オーストリアでは「マリーアントワネット」が生まれていて、
ご存知のように、その後、彼女はフランス王妃となり、
フランス革命の勃発により、1793年に処刑されてしまう。
(注:漫画「ベルサイユのばら」を読めば、この時代の
フランスの歴史は、良く理解できると思う)

フランスはその後、ナポレオンの時代となったり、復古王政
とかが色々あって・・ 1830年にはブルボン家(朝)が断絶。
ダゲレオタイプは、その少し後の時代での発明であるが、
オーストリア(人)が歴史的な様々な意味で、フランスの
動向を意識していたのは間違い無いであろう、だからまあ、
ダゲレオタイプを超えるものを作りたかったのかも知れない。

フォクトレンダー社だが、その後、ドイツに移転、それから
あれやこれや色々あって、最終的にはツァイス(イコン)に
吸収され、そして1972年にはツァイス(CONTAX)とともに、
カメラ事業から撤退してしまう。(日本製カメラの世界的な
台頭が、この背景にあった事は間違いない。現代の初級
マニア層等が崇拝するドイツのビッグ・ブランド各社は、
もうこの1970年代に、事実上終焉してしまっていた)

その後「CONTAX」は、日本のヤシカ(後に京セラ)が
商標権を継承、1975年にはCONTAX RTS(銀塩一眼第5回)
を発売し、国産CONTAXの時代が始まる。(~2005年)

それと、フォクトレンダーのブランドは、「ローライ」社が
取得し、フォクトレンダー銘のカメラ等も販売されていたが、
そのローライも1981年には倒産、その後、フォクトレンダー
のブランドは商社等を転々としていた模様であるが・・

1990年代後半には、日本のコシナ社がその商標権を獲得。
以降、20年間以上も、フォクトレンダー銘で、多数のカメラ
や高性能レンズを発売し、いまやコシナの代名詞ともなって
いる、という、300年近くもの長いブランドの歴史である。
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さて、フォクトレンダー(社)の余談が長くなった。
「フォクトレンダー氏」(三代目)と「ペッツヴァール氏」は、
1839年にウィーンで出合い、ここでダゲレオタイプを超える
新レンズの開発を目指す。

少し前述したように、フランスとオーストリアは歴史的にも
色々とあった訳だから、カメラの世界にも、なんらかの影響は
出ているのだ。カメラ界だけでの視点で物事を見ていたら
その背景にある「何故、そうした機器が開発されたのか?」
という重要な事(意味)を見逃してしまいかねない。

ダゲレオタイプを超える新レンズの開発については、
オーストリア政府が全面的に後援し、国内の砲兵隊から、
計算力に優れる「計算中隊」まで編成して、複雑な計算が
必要とされるレンズの光路設計を手伝わせた。
(注:軍事転用への可能性も意識していたと思われる)

僅か1年後の1840年には、ダゲレオタイプを遥かに
上回る明るさの「約150mm/F3.7」のレンズが完成。
これは銀板写真においても、屋外で1~2分の露光時間で
写真が撮れるようになったと聞く。

ただまあ、F17→F3.7に向上したのであれば、露光時間
(シャッター速度)は、24倍程速くなる理屈なので、
20分→2分というのは、少々計算が合わない。
(オーストリアの銀板写真は、低感度だったのか?)
でもまあ、ダゲレオタイプに比べて遥かに実用的なのは
確かであろう。

この新開発レンズは、ペッツヴァール型(or 構成)と
呼ばれているが、ダゲレオタイプと同様のダブレットを
前群とし、後群に、メニスカス(凸凹)と凸レンズを
2枚配置した「2群4枚構成」である。

シンプルな構成ながら、画面中央部の解像力に優れる。
この為、長い焦点距離(望遠)のレンズでの人物撮影用、
映画投影用、それから(天体)望遠鏡用に長らく使用された。
(注:現代でも使用されるケースも多々ある)

対して弱点だが、像面湾曲と非点収差の発生により、
ボケ質が僅かに「ぐるぐるボケ」となる事だ。
ただし、人像写真(ポートレート)では、むしろ人物が
浮き出るイメージがあって、これはあまり欠点とはならず、
また、(天体)望遠鏡では、そもそも背景をボカして
観察する事は無いので、全く欠点にはならない。

だからまあ非常に長い期間(百年以上も)ペッツヴァール
型は、(天体)望遠鏡等のスタンダードに成り得た訳だ。
なお、レンズ開発に協力したフォクトレンダー社では、
数十種類にもおよぶペッツヴァール型レンズを様々な
光学分野に向けて長らく販売していた様子だ。

さて、ペッツヴァールレンズやフォクトレンダーを輩出した
オーストリアではあるが、その後の時代には、あまり光学
機器に係わる歴史は持たない。前述のようにフォクトレンダー
もドイツに移転してしまった事も理由としてあるのだろう。

・・で、オーストリアに「ロモグラーフィシェ株式会社」
(Lomographische、通称:Lomography/ロモグラフィー)
が生まれるのは、近代、1994年の事だ。

それ以前、1980年代前半から、サンクトペテルブルクに
「ロモ社」があって、日本のコシナ社製の「CX-2」のコピー
製品である「LOMO LC-A」を生産した・・ との事であるが、
これは、当時はソビエト連邦であるから、ロモ「社」では
なく、「国営工場」であったのではなかろうか?

このLC-Aを、たまたま見かけたオーストリア人の学生が、
それを気にいったのか? 有名な「ロモグラフィー宣言」を
オーストリアの新聞に広告掲載し、その直後の1994年に
「ロモグラーフィシェ株式会社」をオーストリアで創立した。
これはつまり、ロシア製LOMOの販売会社である。

----
さて、ここで試写システムを交換しよう。
レンズはそのままで、カメラをEOS 6D(フルサイズ機)に
変更する。 NIKON Dfでは、どうも重量的または形状的な
バランスが良く無いように感じたのだ。
NIKON Fマウントのレンズである為、他社機での使用の
汎用性は高い。(注:装着の安全性は、必ず事前確認する
必要がある)
_c0032138_11325637.jpg
1990年代後半、ここからは個人的な話だが、私は、
当時、オーストリアから日本に職業留学をしていた若い
男性と知り合った。

彼は「LOMO LC-A」を所有していた。まあオーストリア人
だから、ロモグラフィー社の「お膝元」である。

彼は「このLOMOは安かったから故郷で買ったが、写りが悪い、
   日本に居る間に、高性能な日本製カメラが欲しい」
と私に言った。要は”中古カメラ探しを手伝って欲しい”
という事であり、彼はドイツ語(=オーストリアの公用語)と
英語は話せるが、日本語が片言なので、中古専門店での交渉が
出来なかったのだ。(私は、彼との会話は英語で行っていた)

彼は私の見立てで無事、中古カメラとレンズを入手すると
「もうLOMO LC-Aは、いらない(あげる)」と言い出した。

私は「せっかく故郷で買ったのだから、持っておきなよ」
と言ったのだが、私は、それまで「トイカメラ」なるものは
見た事が無かったし(注:日本には殆ど輸入されていない)
そもそもLC-Aが「トイカメラ」だと言う事すら知らなかった。

私は「コシナ風の普通のカメラがそんなに写りが悪い筈が無い」
とも思い、彼から「LC-A」を借りて、それを1~2ヶ月ほど
評価する事とした。

その評価だが、まあ確かに酷い写りであった(汗)
詳細は長くなるので割愛するが「特殊レンズ第3回HOLGA編」
にも、この話は詳しく書いてあったと思う。
でもまあ、それが「トイカメラ」の本質であるから、酷い写り
(Lo-Fi)は、本来は欠点になるものでは無い。
_c0032138_11325621.jpg
さて、その(通称)ロモグラフィー社であるが、
2010年代前半迄の約20年間の間に「トイカメラの筆頭格」
として急成長したのだが、「トイカメラ」という枠から
抜け出ておらず、本格的な「Hi-Fi」カメラやレンズ等は、
1台(本)も販売していない状況であった。

ただ、2000年代前半に、女子カメラ層やアート層に一大
ブームを巻き起こしたトイカメラも、2000年代後半には、
既に銀塩時代は終焉を迎えていて、ブームも沈静化していた。
さしもの「トイカメラの巨人LOMO」も、いつまでも旧来の
ビジネス・スタイルを続けていく訳にはいかない。
何か、大きな戦略転換が必要であろう。

日本の様子を見れば、カメラメーカーもレンズメーカーも
2010年代前半には「高付加価値化商品」へ戦略転換している、
ロモグラフィー社も同様な事をやらなければならない。

よって2013年の「クラウドファンディング」の開始である。 

そこで「ペッツヴァールレンズ」を選んだのは、これまで述べて
来たオーストリアの光学機器の歴史を鑑みれば、当然の話だと
言えるだろう。もう1つの地元の誇り「フォクトレンダー」は、
ドイツに行った後、極東の島国にまで遠征してしまっている
状況だ(汗) まあ「ペッツヴァール」だけがオーストリアに
残った栄光の光学歴史である訳だ。

例えば日本で言えば同時代の「平賀源内」のような「発明王」
のイメージが地元ではあるのかも知れない・・(?)
_c0032138_11325611.jpg
さて、「クラウドファンディング」は幸いにして成功し、
「New Petzval Lens」の開発が開始される事となった。


でも「トイカメラ」で世界的に名を馳せた「ロモ」である。
単にペッツヴァール構成を復刻させただけでは面白味が無い。

ここからは想像であるが・・ ロモグラフィー社は、
ペッツヴァール構成の弱点をあえて強調し「ぐるぐるボケ」
レンズとしてしまう事を思いついたのであろう。

レンズ製造(設計もか?)は、LOMOの製造で関連があった
ロシアのZENIT社が担当した、との事。

ZENIT社は、現代では企業となっているのかも知れないが、
旧ソ連の時代では、KMZ(クラスノゴルスク機械工場)と
呼ばれていて、その時代、同「国営工場」では、銀塩カメラ
の「ゾルキー(ZORKI)」や「ゼニット(ZENIT)」および
交換レンズの「ZENITAR」や「INDUSTAR」を生産した事で、
マニアの間では、かなり有名だ。

KMZ(ZENIT)のレンズは、私もいくつか所有しているが、
旧ソ連の時代では、製造品質がちょっと怪しい印象もあった。
(注:当時は、同じレンズであっても、様々な国営工場で
分散されて製造される事もあった。よって、例えばINDUSTAR
でも、FED工場で作られている場合もあり、品質がまちまちだ。
この為、今回記事でのカメラ装着も慎重を期している)


・・でもまあ、描写性能については、あまり問題は無い。
かつてロシアンレンズの弱点であった「コーティング技術」も、
KMZでは採用していた訳だ。

まあ、ロモグラフィーが、ZENIT(社?)に相談(製造委託)
したのは、正解と言えたかも知れない。
他にも「アルセナール社」とかも高性能なレンズの設計製造が
出来ただろうが、そこは現代ではロシアでは無く、ウクラナナ
の企業(光学機器メーカー)となっている、LOMOとの関連性は
薄いであろうとも想像できる。

さて、LOMOの発案(?) ZENITの設計(?)により、本来であれば
2群4枚構成であった「ペッツヴァール構成」は、3群4枚へと
変化した。これは恐らく後群の2枚を分離したのであろうが、
それにより、像面湾曲と非点収差が大幅に増大し、いわゆる
「ぐるぐるボケ」レンズが見事に完成した。
_c0032138_11330304.jpg
像面湾曲と非点収差は、画角の二乗に比例して、および
有効口径に比例して大きくなるので、中望遠単焦点レンズ
であれば、フルサイズ機で絞りを開ければ「ぐるぐるボケ」
は大きくなり、逆に絞りを絞れば、急速に減少するし、
APS-C機やμ4/3機を使用しても見かけ上は減少する原理だ。

本レンズPV85/2.2は、絞り環を持たず、絞り値の変更は
「ウォーターハウス絞り」と呼ばれる、絞りプレートを
差し替えて使用する。
_c0032138_11330392.jpg
「ウォーターハウス」は、人名だと思うが、詳細は不明。

私が知っている範囲では、画家の「J.W.Waterhous」氏
(19世紀~20世紀)が居る。神話等を題材にした
美しい女性の絵を描く芸術家であるが、この、絞りの
「ウォーターハウス」とは、恐らく無関係であろう。
(参考:「J.W.Waterhous」の画集は、あまり種類が
刊行されておらず、それなりに希少だ)

この絞りは、操作性的には面倒ではあるが、そもそも
実用撮影用途でのレンズとは言えず、極端に趣味性の
高いレンズであるから、まあ、やむを得ない。

むしろ、「ウォーターハウス絞り」では、円形では無い
任意の形状の絞りプレートを使用する事で、「ボケ形状」
を変更できるメリットもある。
(注:近年のLOMOの機種では、通常絞り環と、ウォーター
ハウス型絞りを併用できる構造となっているものもある)

特殊形状絞りプレートは、安価なオプション部品として
販売されているのだが、 あまりそうした「ガジェット」
に頼って撮影したく無いので、それは購入していない。
(注:後年に発売されたLomography社製レンズでは
数種類の特殊形状絞りプレートが同梱されている。
だが、そのプレートは本PV85/2.2には微妙なサイズ差で
上手く装着できない。このあたり「ロシアン」だ・汗)

なお、今回の撮影では、F2.2の絞りと、F2.8の絞りを
使用している。なお、カメラを縦位置に構えても
絞りプレートが脱落する事は無い。(注:試作機では、
そういう弱点があった模様だが、量産版では、むしろ、
外し難いくらいである)

それから「ぐるぐるボケ」の効果は被写体条件によって
出易い場合と出難い場合がある。単に絞り値や撮影距離、
すなわち被写界深度の変化のみならず、他には背景距離、
背景の絵柄、背景の平面性、等の要素が複雑に絡んで、
ぐるぐるボケの効果は大きく変化してしまう。

本記事においても、ぐるぐるボケが発生している写真と、
さほどでもない写真を混在して掲載しているのは、それが
理由であり、かつ、その差異を伝えたいからだ。

で、デジタル一眼レフの光学ファインダーではその効果の
度合いが殆ど見えないので、EVF搭載ミラーレス機で用いる
のが本筋であろう。

(注:この事実が、一般レンズでの「ボケ質破綻」と密接に
関連があるような気がしている。つまり、本ペッツヴァール
や後述のTWISTで、「ぐるぐるボケ」が発生する撮影条件で
あれば、他の一般レンズでも「ボケ質破綻」が出易い状態に
なっている、という仮説だ。
しかし、この仮説の証明は長期間の高度な検証が必要である。
他には誰もそんな事は調べていないので、しばらくは個人で
研究を続ける事としよう)

で、短所は色々とあるが、ほとんどは「不問」としたい。
それをとやかく言うような類のレンズでは無いからだ。

ただ、大きく重く高価な「三重苦」レンズな事は確かであり、
ピント合わせがヘリコイド式ではなく、ツマミ(ノブ)式で
あるので、それを廻す為には、システム全体の重心位置で
カメラを支えきれず、長時間の撮影では疲労を誘発して
しまう弱点がある。


では最後に、対決記事で恒例でのデータベース評価点を
あげておくが、例によって、こうした評価は、ユーザー毎
の用途やスキルによって様々である為、この数字が一人歩き
する事は望ましくない。

【描写表現力】★★★★☆
【マニアック】★★★★★
【コスパ  】★☆
【エンジョイ】★★★
【必要度  】★★★★
★=1点、☆=0.5点、各項目5点満点
・評価平均値:3.60点

全体に悪く無いが、コスパ点が足を引っ張っている。
まあ、「面白いが、高価すぎる」という評価となった。

----
PV85/2.2の話が、とても長くなったが、ここからは
2本目のペッツヴァール型レンズの紹介とする。
_c0032138_11330759.jpg
レンズは、LENSBABY Twist 60 (60mm/f2.5)
(新品購入価格 39,000円)(以下、TWIST60/2.5)
カメラは、SONY α7(フルサイズ機)

2016年発売の米国製MF単焦点標準「ぐるぐるボケ」
レンズ。

既に、本シリーズ第2回記事等で紹介済みであるし、
「ぐるぐるボケ」の出自や原理等は前述しているので
本レンズの詳細に対する解説は最小限とする。

ただし、本レンズにおいても撮影条件に依存し、ぐるぐる
ボケが出る場合と出ない場合があるので、掲載写真は
その両者を適宜混ぜて紹介している。
_c0032138_11331387.jpg
さて、LENSBABY社はティルトレンズやソフトレンズ等の
ユニークな写りをするレンズ製品を多数販売する企業だ。

こちらも前述の「Lomography」社と同様に、アート系の
固定ファン層がついているメーカーであり、それらは
「フリーク」(=熱中している人)と良く呼ばれている。

LENSBABY製品は、2000年代中頃より国内販売が始まって
いたが、直販に近い状態で入手性はあまり高くなかった。
2010年代にはKenko Tokina社が輸入販売代理店を務め、
新品および中古でも入手性が高まっている。

しかし、他の国産レンズ、そしてLomographyも同様だが
2010年代では交換レンズ市場の縮退により、LENSBABY
製品も高付加価値化して、結構高額である。
_c0032138_11331313.jpg
さて、本レンズの仕様だが、3群4枚の変形ペッツヴァール
構成。恐らくはLOMO PV85/2.2と、ほとんど類似だろう。
こちらは絞り環を持ち、ぐるぐるボケ効果の制御が簡便だ、


勿論フルサイズ対応、前述のとおりフルサイズ機の方が
効果が良く出るが、何度も述べているように効果の強さは
撮影条件に依存する。世の中にある「ぐるぐるボケ」の
作例は、全て、その効果が強く現れているものを選んで
掲載しているだろうから、それを見てレンズを購入しても、
いつでもそうした効果が得られる保証は無い。

では、ここで「ぐるぐるボケ」を出す事が出来る現代レンズ
の一覧を上げておく。

<Lomography製品>
(New) Petzval (85) (Art) Lens 85mm/f2.2(本記事)
(New) Petzval (58) Bokeh Control Art Lens 58mm/f1.9
(New) Petzval 55mm/f1.7 MKⅡ(後日紹介予定)
(New) Petzval 80.5mm/f1.9 MKⅡ

<LENSBABY製品>
LENSBABY Twist60 60mm/f2.5(本記事)
LENSBABY Twist60 Optic(注:コンポーザー系用交換光学系)
LENSBABY Brunside35 35mm/f2.8(後日紹介予定)
LENSBABY Trio28 (注:効果調整不可、後日紹介予定)

現時点では、以上の8機種しか存在せず、またいずれも
そこそこ高価であるし、中古もまず出てこず、入手性は
あまり良く無い。それこそ「フリーク」等のマニア向け
専用レンズと言えるであろうし、製品のモデルチェンジも
激しく、現状、かろうじて新品入手が容易なのは、
Petval55,80.5,Twist60,Bunside35の4本だけだ。
(注:この状況も1年程で変わってしまうかも知れない)

また、上の表には載せていないが、LENSBABY社の
Velvelシリーズのソフトマクロレンズでも、一部には
軽い「ぐるぐるボケ」傾向が発生するものもある。
(注:Velvet 56/1.6で発生。しかしVelvetシリーズ
は1本しか所有していないので、他の詳細は不明)

実用的な価値もあまり高く無い、ただ、このユニークな
「ぐるぐるボケ」の描写特性は、他の一般レンズでは、
そう簡単には得られない。
_c0032138_11331335.jpg
まあ、1960年代前後のオールド大口径レンズを使えば、
稀にそういう特性を持つものも見つかるが、それらを
探すのも大変であるし、不条理に高価でもあろう。
海外製オールドレンズ等でも、同様な特性を持つものも
複数機種あると思うが、現代では、それらも入手困難だ。
まあ、ぐるぐるボケの度合いも、こうした現代の、特殊
(専用)レンズの方が、大きくて面白いと思う。

それと「超裏技」であるが、フランジバック長の差を吸収
する為の「補正レンズ入りマウントアダプター」を用いると
稀に、特定のレンズとの組み合わせによっては、今回紹介の
ペッツヴァール改型レンズと同様の後群レンズの分離効果で
像面湾曲と非点収差が増大し、絞りを開けていく等をすると、
これらの「ぐるぐるボケ」と同等の効果が出る場合もある。

ただ、組み合わせを探すのが大変面倒であろうから、これは
超上級マニア向けの措置(研究テーマ)としておく。
_c0032138_11331780.jpg
では最後に、本Twist60/2.5の総合評価を行う。

【描写表現力】★★★★
【マニアック】★★★★☆
【コスパ  】★★★
【エンジョイ】★★★★
【必要度  】★★★☆
★=1点、☆=0.5点、各項目5点満点
・評価平均値:3.80点

なかなか悪く無い得点だ、誰にでも必要なレンズとは決して
言えないが、マニア層であれば購入検討も悪く無い。

多くのペッツヴァール型レンズで、NIKON Fマウント版が
販売されているので、それで購入しておけばマウント汎用性
は高く、およそあらゆるカメラで使用可能ではあるが・・
NIKON(デジタル)一眼レフの場合は、この手の非Ai型
レンズの露出制御は困難な場合が多く、NIKON Df位でしか
まともに使用できないかも知れない。まあ、ミラーレス機で
マウントアダプター経由で使用するのが、前述の、マウント
製造(工作)精度の件も含めて無難であると思う。
(注:Petzval 55mm/f1.7 MKⅡは、ミラーレス機専用)

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さて、今回の「ペッツヴァール対決編」は、このあたり迄で。
また、本年2020年の記事掲載も、これにて終了だ。


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