現有している銀塩一眼レフの名機を紹介するシリーズ記事。
今回は、第三世代(AFの時代、世代定義は第1回記事参照)の
PENTAX MZ-3(1997年)を紹介する。
![c0032138_10084761.jpg]()
装着レンズは、smc PENTAX-FA 43mm/f1.9 Limited
(ミラーレス・マニアックス第1回、第64回記事等参照)
例によって本シリーズでは紹介機でのフィルム撮影は行わない。
デジタルでのシミュレーターは、まずはAPS-C機のPENTAX KP
(2017年、本機MZ-3の丁度20年後に発売された機体だ)
を使用するが、記事後半ではフルサイズ機も用いてみよう。
![c0032138_10080262.jpg]()
以下、シミュレータ機での撮影写真と、本機MZ-3の機能紹介
写真を交えて記事を進める。
![c0032138_10080202.jpg]()
さて、本シリーズ第17回記事「PENTAX Z-1」編では、
「αショック」(1985年)以降のPENTAX AF一眼レフの初出
から、PENTAX初のAF最上位機種Z-1(1991年)迄の時代を
紹介したのだが、ここでは、その後の1990年代での
PENTAXのAF一眼レフの歴史について述べておく。
<1991年>
PENTAX Z-10 初のハイパーマニュアル搭載
PENTAX Z-1 1/8000秒シャッター、ハイパー操作系,最上位機
<1992年>
PENTAX Z-20 ハイパープログラムシフトに学習機能を追加
「バブル景気」崩壊
<1993年>
PENTAX Z-20P Z-20のパノラマ対応版(現在未所有)
PENTAX Z-50P 初級機
<1994年>
PENTAX Z-5 Z-1の姉妹機(高級機)
PENTAX Z-1P Z-1のパノラマ対応および小改良機
<1995年>
「阪神淡路大震災」発生
PENTAX Z-70P 小型軽量化された初級機
PENTAX MZ-5 操作系を簡略化したMZシリーズ初号機(中級機)
<1996年>
PENTAX MZ-10 廉価版の初級機
<1997年>
PENTAX MZ-50 MZ-10をさらに簡略化した普及機
PENTAX MZ-M MZ-5をベースとしたMF機
PENTAX MZ-3 1/4000秒シャッター、中高級機
ここで本機MZ-3の時代に到達した。
ちなみに、近年のNIKON製フルサイズ・ミラーレス機
Z7,Z6は、この時代のPENTAX機の型番、Z-1やZ-5等を
微妙に避けた型番になっていると思われる。
機種名を考えるのも、各社色々と大変なのであろう。
![c0032138_10084728.jpg]()
で、歴史はここまでで十分なのだが、本シリーズ記事では、
本機MZ-3以降のPENTAX AF銀塩機は登場しない予定だ。
なので、もう少しだけ後の時代迄、代表的機種をあげておく。
<1999年>
PENTAX MZ-7 中級機、1/4000秒シャッター搭載
<2001年>
PENTAX MZ-S 高級機、ハイパー操作系、6点AF
<2003年>
PENTAX *ist 新シリーズ、中級機
1/4000秒シャッター、11点AF、16分割測光等、銀塩AF一眼の
最終形態とも言え、後のデジタル一眼レフ *istD系に繋がる。
以降、デジタル時代に突入し*istD(2003),*istDs(2004)等
が発売される、PENTAXのデジタル一眼レフの歴史については、
デジタル一眼レフ・クラッシックス第4回*istDs,第6回K10D,
第12回K-5,第14回K-01,第22回KP(予定)に詳しく、
それぞれ参照されたし。
![c0032138_10080259.jpg]()
さて、1990年頃のバブル期に開発された「Zシリーズ」は、
最上位機で高性能なZ-1系を除き、小ぶりな印象の機種が多い。
その中で唯一注目すべきカメラは、Z-20/P(1992/1993)で
あろう。これは、プログラムシフトをした際にユーザーの
その操作傾向を覚え、次からはその露出設定を優先する
という「学習機能」を搭載した初のカメラだ。
一見面白そうな機能なので、かつて私も、Z-20Pを中古で
購入した。
しかし、この学習機能とは、当時のPC等での日本語漢字変換
において、前回変換した漢字が最上位の候補として出てくる、
というシンプルな学習機能とほぼ同等であり、例えば現代の
コンピューター技術のように、AI(人工知能)を搭載している
ようなものでは無い。つまり、技術的レベルはたいした事が
無かった訳だ。
そして、Z-20(P)の学習機能は、基本的にプログラムシフト
操作を記憶する為、プログラムAEで撮らない限り蓄積されない。
私の場合、99%以上の撮影が「絞り優先」での撮影なので
そもそもZ-20は何も学習してくれないのだ(汗)
しかも電池を交換すると、学習内容も忘れてしまう。
さらに言えば、学習させるとしても、例えば「絞りを開ける」
方向であろう、そうであればプログラムラインを「開放優先」
に変更可能な「PENTAX Z-1(P)」の方がよほど使いやすかった。
なので、Z-20Pは「実用価値なし」と見なして、購入後短期間
で処分してしまった次第である。
ちなみに、その後Z-20系と同等の学習機能を搭載したカメラ
は発売されていなかったと思う。やはり実用価値が無かったの
かも知れない。バブル期の「イケイケムード」の製品仕様で
あり、やるならば、もっと高度な技術を搭載しないと意味が
無かった事であろう。
![c0032138_10080209.jpg]()
余談だが、「AI」という話が出てきているが、現代の情報
技術において、AI及び深層学習(ディープ・ラーニング)法
は、かなり注目されてはいるが、その割に、その技術内容が
何をやっていて、どんな効果があるか理解している人は、
エンジニア以外の人では、限りなく低い比率でしか無く、
恐らくはゼロ%に近いであろう。
(先年、東京で日本初のAI技術展示会が開かれた、私もそれを
見学したのだが、来場者層の理解度の低さは特筆ものであった)
で、中身がわからないのに「AIが世の中を変える」とか
「AIが人間に"とって変わる"ので危険だ」とか、想像だけで
勝手な言い分を色々言って騒いでいる。一般人のみならず
報道メディア等もそんな調子なのだが、内容が全く的外れ
なTV報道とかCM等とかも多々あって困った状況である。
そして、様々な電子機器の機能も「AI」と名前が付いていれば、
「なんだか凄そうだ」と売れるので、実際にはAI技術の欠片も
使っていない機器や機能でも、そうした名称が付けられる。
でも、そうした「とんでもない誤解」は、今に始まった事
では無い、昔から「新技術」が騒がれた時にはいずれも同様
であった。
例えば「デジタル時代」が到来した時にも、何でもかんでも
「デジタル」と名前を付ければ、最新技術であるように
見えたので、デジタルとは全く関係無い商品分野
(例:部品素材とか美容とか)でも、そういう風な商品名を
つけている位であったし、その後の時代の「IT/IoT」だとか
「セキュリティ」や「クラウド」とかでも毎回毎回、同じ
ように世間一般の人達は、その用語や技術の本当の意味が
わからずに、的外れな期待を持ったり、無意味に危惧したり、
その名をつけて便乗商売をやろうとしていた訳だ。
まあ、一般層における不勉強は褒められたものでは無いし、
報道とか各種メディアやSNS等でも、意味がわからずに
情報発信をする事は、むしろ大問題ではあるのだが・・
まあ、その辺は本記事とは関係の無い話なので、このあたり
までにしておこう。
![c0032138_10081980.jpg]()
余談が長くなったが、Zシリーズの時代(1990年代前半)の
カメラの最大の問題は「バブリーなコンセプト」であろう。
カメラ開発期間のディレイ(時間差)により、バブル期に
そのコンセプトが企画されたカメラが遅れて市場に出てくる。
しかし世の中ではバブルは既に弾けていて、消費者心理もまた
変化しているので、出てくるカメラの「バブリーな雰囲気」に
大きな違和感があった訳だ。その結果、この時代のカメラには
魅力的な機種は殆ど無く、結果的にマニアックなユーザー層は
ほぼ全員が「古い一眼レフ」や新ジャンルの「高級コンパクト」
に興味の対象を向け、その後の1990年代後半の時代での、
空前の「第一次中古カメラブーム」に繋がる。
カメラメーカーが、その事実に気がつき、そこから製品の開発
コンセプトを大きく転換させ、その結果としての新しい時代の
魅力的なカメラが出てくるのは、1996年以降の話だ。
なお、1992年くらいにバブル経済が崩壊したのであれば
1995年くらいに新コンセプトのカメラが出てきてもおかしく
無い話なのだが、その年1995年初頭には、未曾有の大惨事で
ある「阪神淡路大震災」が起こってしまった。
この為、実際に新コンセプトのカメラが市場に出てくるのは、
さらに若干の遅れがあって、およそ1996年~1997年位となる。
そう、まさに、本機MZ-3の時代である。
![c0032138_10084653.jpg]()
注意点だが、今回の記事で紹介の機種はオリジナルなMZ-3
では無く、PENTAX MZ-3 SE(Special Edition 1998年)である。
この当時のミレニアム(世紀の交替)のブームからか?
2000台の限定発売品である(2000という数字が好まれた)
まあでも、PENTAXは銀塩時代から近年に至るまで、生産中止
直前の機種で限定バージョン品を出す事が恒例であり、
本機も、そのパターンなのかも知れない。
ノーマルなMZ-3とMZ-3SEの差は色々あって、外観(外装)
がずいぶんと異なる他、ストラップ等の付属品仕様も異なり、
なによりキットレンズが名レンズのFA43mm/f1.9Limited
であった(本記事での使用レンズ)
私は1999年頃、MZ-3を既に所有していたのだが、FA43/1.9が
どうしても欲しかった為、MZ-3と付属レンズ(FA28-70/f4AL)
を下取りに出して、MZ-3SE+FA43/1.9を入手しなおした次第だ。
セット価格(新古品)は8万円だった。まあ、本体4万円、
レンズ4万円、と仮に区分しておく事にしよう。
SE版とノーマル版の本体性能は同一だ、そこで本記事では、
時代背景をノーマル版発売時の1997年として考察する。
![c0032138_10081920.jpg]()
MZ-3の概要であるが、
それを話す前に、まず旧来のZシリーズ、例えば「Z-1(P)」に
おける「ハイパー操作系」は、高度な露出概念の理解を必要と
する為、初級中級者層では理解不能であった事だろう。
「ハイパープログラムとハイパーマニュアル位ならば、
中級者でもわかるだろう?」とは思うなかれ。
現代とは時代が違う、これは30年近くも前の話なのだ。
たとえば、現代のデジタル一眼レフKシリーズ上級機に搭載
されている「ハイパー操作系」は、この時代よりもさらに
複雑になっている(例:デジタル一眼レフ・クラッシックス
第6回記事K10D)K10Dは、Z-1からおよそ15年後の機種だが
恐らくこの機種の操作系では、現代において写真撮影の
スキルがZ-1時代よりは若干向上した初級中級者でも完全に
お手上げだろう。
現代はK10D以降、さらに10数年が経過しているが、2010年代
後半の機種(例:PENTAX KP)では、ハイバー操作系そのもの
は変化が無いが、さらに操作子が増えて操作概念が複雑化
している。
これも、現代の初級中級者には使いこなす事が出来ないと思う。
まあつまり、どの時代でも、PENTAXの上級機の操作系は初級者
(場合により中級者でも)にとっては難関であったと思う。
・・まあ、というか、PENTAXとしてもカメラ性能の他社機との
差別化の為、いつの時代でも、その時代の一般的なレベルより、
ちょっとだけ高度なスペックを狙って来ている模様だ。
つまり、ユーザーの予想の「斜め上を行く」という訳だ。
なので必然的にどの時代のPENTAXのカメラ仕様も難解になる。
![c0032138_10084690.jpg]()
で、Z-1でハイパー操作系が生まれた背景には「バブリーな」
製品コンセプトもあったかも知れない。
凄いモノ(機能)を搭載して、ユーザーの目を引きたい訳だ。
が、「操作の難しさと、過剰とも言える高機能」、このZ-1の
特性は、バブル崩壊後のユーザー層の感覚(ニーズ)とは
残念ながらマッチしていなかったと思われる。
「で、あれば・・」と、すぐにカメラ開発の方向性をガラリと
変えられる事は、日本人の長所でもあり短所でもあろう。
せっかく考え出した「ハイパー操作系」を潔く廃し、
より安易な操作系にダウングレードしたのが、本機を含む
「MZシリーズ」である。
![c0032138_10085629.jpg]()
本機MZ-3においては、絞り環をA位置にすればシャッター優先、
シャッターダイヤルをA位置にすれば絞り優先、両方Aにすれば
プログラム露出、両方A以外にすればマニュアル露出、と
極めて単純明快な露出操作系が採用された、この方式では
PSAMの露出モードダイヤルを省略する事もできる。
(注:PENTAXでは、P,Tv,Av,M方式である)
ただこれは、MZシリーズが初、という訳ではなく、古くは
例えばマミヤZE-X(1981年)等でも、この操作系が採用された
前例がある。
「複雑な操作系をシンプルなものにダウングレード」という
例は同様にこの時期、ミノルタxiシリーズ→siシリーズもある。
これは「バブリーに行き過ぎた自動化機能」を廃したものだ。
siシリーズはさらに後年に進化し、α-7等の「操作系の究極」
を生み出す事になるが、その話はまた別の記事に譲る。
さらに後年では、SONY NEX-7(2012)→α7(2013)の例もある
こちらは、NEX-7のダイナミック(=動的、操作系が変化する)
な操作系を廃し、α7ではスタティック(=静的、操作系が
変化しない)にダウングレードした、と言う事だ。
(詳細はミラーレス・クラッシックス第8回NEX-7と
第13回α7記事を参照)
ただ、この例では、私は両者の機種を保有しているが、
NEX-7の操作系は極めて高く評価していたのに、α7で
「安易だが、無駄が多い操作系」になってしまった事は
極めて残念であった。
これは「追いついていけないユーザー側が悪い」とも思う。
高度な内容なのは、上級者向け機種であるから当然の話だ、
ビギナーが無理をして(または、自身のスキルに自信を持てない
為に)高級機を欲しがる現代の風潮が最大の問題なのであろう。
PENTAXの例もそうだ、ハイパー操作系は決して悪い仕様では
無いし、事実私もデジタル時代ではK10D→K-5→K-30→KP
とハイパー操作系を搭載するPENTAX機のみを使い続けている。
別にハイパー操作系で悪い点は何も無いし、初級層だけが
ついていけないならば、むしろ、それが問題であろう。
自身が使いこなせないカメラを買う必要は無い訳だ。
ただ、とは言うものの、本機MZ-3のシンプルな露出操作系も
決して捨てたものでは無い。
例えば「露出のマニュアルシフトが事実上できない」とか
重箱の隅をつつくような事を言った所で、銀塩時代の撮影
技法では、そんなに急いで撮影しなくてはならないケースは、
ほぼ皆無だ。滅多に使いもしない機能をあれこれと入れても
殆ど意味が無い。
![c0032138_10081922.jpg]()
本機MZ-3の仕様について述べておく。
オートフォーカス、35mm判フィルム使用AEカメラ
最高シャッター速度:1/4000秒
シャッターダイヤル:有り(1秒~1/4000秒)
フラッシュ:内蔵、シンクロ速度1/125秒 X接点
ホットシュー:ペンタプリズム部に固定
ファインダー:固定式、スクリーン交換不可
倍率0.8倍 視野率92%
使用可能レンズ:PENTAX KAf2,KAf,Kマウント
絞り込みプビュー:有り
AF測距点数:3点
AFモード:動体予測AF、マニュアル(MF)
露出制御:絞り環、シャッターダイヤルA位置方式、バルブ有り
測光方式:6分割、中央重点、スポット
露出補正:±3EV,1/2段ステップ(専用ダイヤル)
AEロック:可(メモリーロック表示)
ファインダー内表示:撮影枚数、合焦/フォーカスエイド、絞り値、
シャッター速度、露出補正メーター、その他
視度補正:専用ダイヤルで可
露出ブラケット:可(±1,±1/2)
ミラーアップ:不可
ドライブ:単写、連写、セルフタイマー12秒
連写速度:連続撮影時 秒2コマ
電源:リチウム電池 CR2 2個使用
カスタムファンクション:無し
フィルム感度調整:手動ISO6~6400、DXコード対応
データバック:裏蓋に搭載
本体重量:425g(電池除く)
発売時定価:83,000円(MZ-3ボディのみ)
総合的に見て、無駄な仕様をそぎ落とし、華美なカタログ
スペックも廃し、撮影に基本的に必要な機能だけをシンプル
にまとめたカメラだ。
突出する性能は無いが、極めて理解しやすいアナログ操作
概念を持ち、性能を抑えた事等を理由として小型軽量化も
実現している。
さて、このあたりでシミュレータ機を交換してみよう。
レンズは、FA43mm/f1.9 Limitedのまま、
カメラをフルサイズ・ミラーレス機のSONY α7とする。
![c0032138_10083307.jpg]()
前述のように、α7での操作系のダウングレードは余り
褒められた話では無いが、
「最も小型で、最も安価なフルサイズ機」という大きな
長所がある。
どんなカメラにも必ず長所が存在する、それを理解し、
いかに利用するかがユーザー側の責務であり大命題だ。
![c0032138_10083390.jpg]()
さて、本機MZ-3の長所であるが、
まず何度も述べている通り、シンプルで明快な操作系がある。
アナログライクなこの操作系は、本機を含むMZシリーズだけ
で終わってしまった訳ではなく、例えば後年2012年からの
ミラーレス機「FUJIFILM Xシリーズ」にも採用されている。
つまり割と普遍的な方式であり、AE型(PSAM)カメラにおける
原点の1つのパターンでの露出制御操作系とも言えるであろう。
![c0032138_10085604.jpg]()
高速連写や複雑な付加機能も潔く廃して、数値スペックを
抑えた為、本体も小型軽量化された。
本体重量425gは、相当に軽い。
それでいて、見た目のバランスや質感をさほど落としては
おらず、安っぽい、というイメージは無い。
特に、本記事で初回しているMZ-3 SE(Special Edition)型
においては、そこそこ高級感もあって所有満足度も高い。
うまくコンセプト的にまとめられた機種ではあるが、
しかし、他の長所は、残念ながらあまり無い。
![c0032138_10083381.jpg]()
本機MZ-3の弱点だが、
やはり総合的に見ると、瞬発的な性能に欠けるところか・・
AF測距は3点だが、精度、速度ともあまり高くなく、
ドライブ(連写)性能も、秒2コマと低い。
しかしまあ、これは「無いものねだり」であって、
もしそうした性能が撮影に必要であれば、例えば同時代の
NIKON F5(1996年、本シリーズ第19回)等を持ち出せば済む。
だが、F5は重厚長大な機種なので、本当に高速連写等が必要
で無いならば重たいそれを持ち出すだけでもストレスとなる。
MZ-3が必要な撮影シーンというのも当然ある訳だ。
事実、私は、銀塩時代においては軽量で高性能なFA43/1.9
との組み合わせで旅行などへ持ち出すケースが多かった。
そんな場合には最強レベルに近いシステムであったとも思う。
![c0032138_10085675.jpg]()
その他には致命的な欠点は無い。
仕様上では、多重露光が出来ないとか、ミラーアップが無い、
露出補正やAEブラケットが1/2段刻みで粗いとか、
ファインダー内の露出メーターは露出補正のみで露出差分が
出ないとか、重箱の隅をつつけば色々と出てくるのだが、
それらは、あくまで他機と比べた時に気がつく話である。
必要かどうか、という点では「不要」とも言えるのだ。
まあ、逆に言えば、そういう点は中級マニア層が陥りやすい
課題だ、つまり色々と他機の事を知っているだけに、比べると
そのカメラの細かい欠点が目立ってしまう。
しかし、本来、カメラというものはそういうスタンスで
評価するべきものでは無いと思う。
![c0032138_10083322.jpg]()
ここから先は、カタログ性能とか、そういう話では無く
感覚的な話だ。これは難解だが重要な話である。
まず、カメラに限らず、どのような製品にも「コンセプト」と
いうものが存在し、その中で必要な機能や仕様(スペック)を
決めていく訳だ。むしろMZ-3においても、もっと複雑で高度な
機能や仕様はいくらでも搭載できたのに、それをあえて
(泣く泣く)削って、使い易いカメラに仕上げようとした訳だ。
「モノ」の開発とか「ソフトウェア」の開発においては、
あれこれ機能を搭載する方が、むしろ設計は容易である。
「これも使うかも知れない、あれも使うかもしれない、
これを抜いたらユーザーから文句が出るから入れておこう」
・・だが、そういう設計スタンスでは、結局最後には、化物の
ように仕様が肥大化してしまった製品が出きてしまう。
また、設計側で、あれこれと機能を入れたいが為に、その機能が
どんな時に、どんな状況で、どんな頻度で使われるかを無視して、
「ともかく詰め込め」とばかりに、華美なスペックのカメラが
出来上がるが、実際には「とんでもなく使い難いカメラ」と
なってしまう。
Z-1等がその典型であり、後年の2010年代のデジタル一眼レフ
の高級機も、またその雰囲気が色濃く出てきてしまっている。
PENTAXや他社では、バブル崩壊でユーザー層の意識が変化した
事に気がつき、カメラのスペック競争から一度離れて「操作系」
などの概念を考えるようになっていた。その最終形は2000年
の「ミノルタα-7」だとは思うが、あいにく、もうその直後、
銀塩一眼レフの時代はデジタル化により終焉を迎えてしまう。
「高機能・高性能が欲しい」という、まるでバブル期のような
ユーザーニーズは、四半世紀が過ぎユーザー層が世代交代した、
2010年代後半からもまた復活してしまった、
現代の高級デジタルカメラも、また過剰性能の塊だ。
ただ、ここには別の理由もあって、スマホ等の普及により
写真を撮る事における、デジタルカメラ(一眼、ミラーレス、
コンパクト)の優位性は失われてきてしまっている。
その為、バブル期のような、きらびやかなスペックを並べた
カメラを、バブル期のようなニーズを持つ富裕ユーザー層に
向けて(高価に)売るしか無い状況なのであろう。
さもないと販売金額も利益も減少してしまい、各メーカーは
カメラ事業を継続する事ができない。
まあ、そういう世の中の流れである、結局のところ、現代に
おいては、ユーザーもまた、商品を購入するためのコンセプト
を持って、それに沿って購買行動を起こすしかなくなっている。
高価な高性能カメラが欲しいと思えば、それを買えば良いし
過剰スペックだ、と思えば、買い控えすれば良い。
それは、あくまでユーザー側の好き好きである。
バブル期のように「高価なブランド商品を持っている事で
それがステータス(自慢)となる」という時代では無いのだ。
それぞれのユーザーが自身のコンセプトやライフスタイルに
基づき、カメラライフを楽しめば良い、他人は関係無いのだ。
時代は戻って、本機MZ-3は、そういう「自分サイズ」といった
コンセプトを実現した最初のカメラであったように私は思う。
この時期、「MZ-1」等の最高級機種は発売されていない、
一部のバブリーな生き残りユーザーは、それを期待したが、
ついにそれは発売されなかった。
「もうバブルはこりごりだよ」そういうメーカー側からの
声も、どこからか聞こえてきそうな話だ、まあ今から思うと、
大正解であったように思う。
飾ることも無く、奇をてらうことも無い・・
等身大、ジャストサイズの名機、これが本機MZ-3の真実だ。
![c0032138_10083373.jpg]()
さて、最後に本機MZ-3の総合評価をしてみよう。
評価項目は10項目だ(項目の意味は本シリーズ第1回記事参照)
-----
PENTAX MZ-3SE (1998年) 注;オリジナルのMZ-3は1997年発売
【基本・付加性能】★★☆
【操作性・操作系】★★★★
【ファインダー 】★★★
【感触性能全般 】★★☆
【質感・高級感 】★★★☆
【マニアック度 】★★★☆
【エンジョイ度 】★★★★☆
【購入時コスパ 】★★☆ (新品在庫品購入価格:40,000円)
【完成度(当時)】★★★★
【歴史的価値 】★★☆
★は1点、☆は0.5点 5点満点
----
【総合点(平均)】3.2点
評価結果は、平均点をやや上回る程度だ。
突出しているのは「操作性・操作系」と「エンジョイ度」の
2項目であり、まあ、使いやすく、ストレスにならずに楽しく
撮れる軽量なカメラである、という事である。
他には性能的なメリットは殆ど無い、しかし致命的な弱点も
無く、非常に良くまとめられたカメラである。
限定仕様のSE版では、高級レンズとのセットで、やや割高で
コスパを落とした原因となったが、その分、質感・高級感と
マニアック度が、若干加点されているので、まあノーマルな
MZ-3の場合と、評価点は大差無いであろう。
地味な性能・仕様で、その点では歴史的な価値も無いのだが、
ある意味、「自分サイズ」という等身大の製品コンセプトを
初めて採用した機種と見れば、歴史的価値は高いかも知れない。
で、思い起こせば、個人的には銀塩時代に最も良く持ち出した
PENTAX機が本機であったかも知れず、そのオールラウンドな
実用性は、銀塩一眼レフの中でもピカイチだとも言える。
数値性能の評価には決して現れてこない「名機」なので
あろう・・
もし現代、PENTAXフィルム機が必要となり購入する場合は、
その選択肢としては、本機MZ-3か、あるいは工芸品とも言える
傑作機PENTAX LX(本シリーズ第7回記事、過去最高評価点)の
いずれかしか無いと思う。ただし後者LXは、現代でもなお
比較的高価であるので、まあ予算次第だが・・
(参考:*ist、2003年、未所有、も高性能機だと思うが、
銀塩末期の機体であり、現代での入手性は低いと思われる)
なお、私は、MZ-3とLXは後世に絶対に残すべきPENTAX機だと
思い、デジタル時代になっても処分せず大切に保管している。
次回記事では、引き続き第三世代の銀塩一眼レフを紹介する。
今回は、第三世代(AFの時代、世代定義は第1回記事参照)の
PENTAX MZ-3(1997年)を紹介する。

(ミラーレス・マニアックス第1回、第64回記事等参照)
例によって本シリーズでは紹介機でのフィルム撮影は行わない。
デジタルでのシミュレーターは、まずはAPS-C機のPENTAX KP
(2017年、本機MZ-3の丁度20年後に発売された機体だ)
を使用するが、記事後半ではフルサイズ機も用いてみよう。

写真を交えて記事を進める。

「αショック」(1985年)以降のPENTAX AF一眼レフの初出
から、PENTAX初のAF最上位機種Z-1(1991年)迄の時代を
紹介したのだが、ここでは、その後の1990年代での
PENTAXのAF一眼レフの歴史について述べておく。
<1991年>
PENTAX Z-10 初のハイパーマニュアル搭載
PENTAX Z-1 1/8000秒シャッター、ハイパー操作系,最上位機
<1992年>
PENTAX Z-20 ハイパープログラムシフトに学習機能を追加
「バブル景気」崩壊
<1993年>
PENTAX Z-20P Z-20のパノラマ対応版(現在未所有)
PENTAX Z-50P 初級機
<1994年>
PENTAX Z-5 Z-1の姉妹機(高級機)
PENTAX Z-1P Z-1のパノラマ対応および小改良機
<1995年>
「阪神淡路大震災」発生
PENTAX Z-70P 小型軽量化された初級機
PENTAX MZ-5 操作系を簡略化したMZシリーズ初号機(中級機)
<1996年>
PENTAX MZ-10 廉価版の初級機
<1997年>
PENTAX MZ-50 MZ-10をさらに簡略化した普及機
PENTAX MZ-M MZ-5をベースとしたMF機
PENTAX MZ-3 1/4000秒シャッター、中高級機
ここで本機MZ-3の時代に到達した。
ちなみに、近年のNIKON製フルサイズ・ミラーレス機
Z7,Z6は、この時代のPENTAX機の型番、Z-1やZ-5等を
微妙に避けた型番になっていると思われる。
機種名を考えるのも、各社色々と大変なのであろう。

本機MZ-3以降のPENTAX AF銀塩機は登場しない予定だ。
なので、もう少しだけ後の時代迄、代表的機種をあげておく。
<1999年>
PENTAX MZ-7 中級機、1/4000秒シャッター搭載
<2001年>
PENTAX MZ-S 高級機、ハイパー操作系、6点AF
<2003年>
PENTAX *ist 新シリーズ、中級機
1/4000秒シャッター、11点AF、16分割測光等、銀塩AF一眼の
最終形態とも言え、後のデジタル一眼レフ *istD系に繋がる。
以降、デジタル時代に突入し*istD(2003),*istDs(2004)等
が発売される、PENTAXのデジタル一眼レフの歴史については、
デジタル一眼レフ・クラッシックス第4回*istDs,第6回K10D,
第12回K-5,第14回K-01,第22回KP(予定)に詳しく、
それぞれ参照されたし。

最上位機で高性能なZ-1系を除き、小ぶりな印象の機種が多い。
その中で唯一注目すべきカメラは、Z-20/P(1992/1993)で
あろう。これは、プログラムシフトをした際にユーザーの
その操作傾向を覚え、次からはその露出設定を優先する
という「学習機能」を搭載した初のカメラだ。
一見面白そうな機能なので、かつて私も、Z-20Pを中古で
購入した。
しかし、この学習機能とは、当時のPC等での日本語漢字変換
において、前回変換した漢字が最上位の候補として出てくる、
というシンプルな学習機能とほぼ同等であり、例えば現代の
コンピューター技術のように、AI(人工知能)を搭載している
ようなものでは無い。つまり、技術的レベルはたいした事が
無かった訳だ。
そして、Z-20(P)の学習機能は、基本的にプログラムシフト
操作を記憶する為、プログラムAEで撮らない限り蓄積されない。
私の場合、99%以上の撮影が「絞り優先」での撮影なので
そもそもZ-20は何も学習してくれないのだ(汗)
しかも電池を交換すると、学習内容も忘れてしまう。
さらに言えば、学習させるとしても、例えば「絞りを開ける」
方向であろう、そうであればプログラムラインを「開放優先」
に変更可能な「PENTAX Z-1(P)」の方がよほど使いやすかった。
なので、Z-20Pは「実用価値なし」と見なして、購入後短期間
で処分してしまった次第である。
ちなみに、その後Z-20系と同等の学習機能を搭載したカメラ
は発売されていなかったと思う。やはり実用価値が無かったの
かも知れない。バブル期の「イケイケムード」の製品仕様で
あり、やるならば、もっと高度な技術を搭載しないと意味が
無かった事であろう。

技術において、AI及び深層学習(ディープ・ラーニング)法
は、かなり注目されてはいるが、その割に、その技術内容が
何をやっていて、どんな効果があるか理解している人は、
エンジニア以外の人では、限りなく低い比率でしか無く、
恐らくはゼロ%に近いであろう。
(先年、東京で日本初のAI技術展示会が開かれた、私もそれを
見学したのだが、来場者層の理解度の低さは特筆ものであった)
で、中身がわからないのに「AIが世の中を変える」とか
「AIが人間に"とって変わる"ので危険だ」とか、想像だけで
勝手な言い分を色々言って騒いでいる。一般人のみならず
報道メディア等もそんな調子なのだが、内容が全く的外れ
なTV報道とかCM等とかも多々あって困った状況である。
そして、様々な電子機器の機能も「AI」と名前が付いていれば、
「なんだか凄そうだ」と売れるので、実際にはAI技術の欠片も
使っていない機器や機能でも、そうした名称が付けられる。
でも、そうした「とんでもない誤解」は、今に始まった事
では無い、昔から「新技術」が騒がれた時にはいずれも同様
であった。
例えば「デジタル時代」が到来した時にも、何でもかんでも
「デジタル」と名前を付ければ、最新技術であるように
見えたので、デジタルとは全く関係無い商品分野
(例:部品素材とか美容とか)でも、そういう風な商品名を
つけている位であったし、その後の時代の「IT/IoT」だとか
「セキュリティ」や「クラウド」とかでも毎回毎回、同じ
ように世間一般の人達は、その用語や技術の本当の意味が
わからずに、的外れな期待を持ったり、無意味に危惧したり、
その名をつけて便乗商売をやろうとしていた訳だ。
まあ、一般層における不勉強は褒められたものでは無いし、
報道とか各種メディアやSNS等でも、意味がわからずに
情報発信をする事は、むしろ大問題ではあるのだが・・
まあ、その辺は本記事とは関係の無い話なので、このあたり
までにしておこう。

カメラの最大の問題は「バブリーなコンセプト」であろう。
カメラ開発期間のディレイ(時間差)により、バブル期に
そのコンセプトが企画されたカメラが遅れて市場に出てくる。
しかし世の中ではバブルは既に弾けていて、消費者心理もまた
変化しているので、出てくるカメラの「バブリーな雰囲気」に
大きな違和感があった訳だ。その結果、この時代のカメラには
魅力的な機種は殆ど無く、結果的にマニアックなユーザー層は
ほぼ全員が「古い一眼レフ」や新ジャンルの「高級コンパクト」
に興味の対象を向け、その後の1990年代後半の時代での、
空前の「第一次中古カメラブーム」に繋がる。
カメラメーカーが、その事実に気がつき、そこから製品の開発
コンセプトを大きく転換させ、その結果としての新しい時代の
魅力的なカメラが出てくるのは、1996年以降の話だ。
なお、1992年くらいにバブル経済が崩壊したのであれば
1995年くらいに新コンセプトのカメラが出てきてもおかしく
無い話なのだが、その年1995年初頭には、未曾有の大惨事で
ある「阪神淡路大震災」が起こってしまった。
この為、実際に新コンセプトのカメラが市場に出てくるのは、
さらに若干の遅れがあって、およそ1996年~1997年位となる。
そう、まさに、本機MZ-3の時代である。

では無く、PENTAX MZ-3 SE(Special Edition 1998年)である。
この当時のミレニアム(世紀の交替)のブームからか?
2000台の限定発売品である(2000という数字が好まれた)
まあでも、PENTAXは銀塩時代から近年に至るまで、生産中止
直前の機種で限定バージョン品を出す事が恒例であり、
本機も、そのパターンなのかも知れない。
ノーマルなMZ-3とMZ-3SEの差は色々あって、外観(外装)
がずいぶんと異なる他、ストラップ等の付属品仕様も異なり、
なによりキットレンズが名レンズのFA43mm/f1.9Limited
であった(本記事での使用レンズ)
私は1999年頃、MZ-3を既に所有していたのだが、FA43/1.9が
どうしても欲しかった為、MZ-3と付属レンズ(FA28-70/f4AL)
を下取りに出して、MZ-3SE+FA43/1.9を入手しなおした次第だ。
セット価格(新古品)は8万円だった。まあ、本体4万円、
レンズ4万円、と仮に区分しておく事にしよう。
SE版とノーマル版の本体性能は同一だ、そこで本記事では、
時代背景をノーマル版発売時の1997年として考察する。

それを話す前に、まず旧来のZシリーズ、例えば「Z-1(P)」に
おける「ハイパー操作系」は、高度な露出概念の理解を必要と
する為、初級中級者層では理解不能であった事だろう。
「ハイパープログラムとハイパーマニュアル位ならば、
中級者でもわかるだろう?」とは思うなかれ。
現代とは時代が違う、これは30年近くも前の話なのだ。
たとえば、現代のデジタル一眼レフKシリーズ上級機に搭載
されている「ハイパー操作系」は、この時代よりもさらに
複雑になっている(例:デジタル一眼レフ・クラッシックス
第6回記事K10D)K10Dは、Z-1からおよそ15年後の機種だが
恐らくこの機種の操作系では、現代において写真撮影の
スキルがZ-1時代よりは若干向上した初級中級者でも完全に
お手上げだろう。
現代はK10D以降、さらに10数年が経過しているが、2010年代
後半の機種(例:PENTAX KP)では、ハイバー操作系そのもの
は変化が無いが、さらに操作子が増えて操作概念が複雑化
している。
これも、現代の初級中級者には使いこなす事が出来ないと思う。
まあつまり、どの時代でも、PENTAXの上級機の操作系は初級者
(場合により中級者でも)にとっては難関であったと思う。
・・まあ、というか、PENTAXとしてもカメラ性能の他社機との
差別化の為、いつの時代でも、その時代の一般的なレベルより、
ちょっとだけ高度なスペックを狙って来ている模様だ。
つまり、ユーザーの予想の「斜め上を行く」という訳だ。
なので必然的にどの時代のPENTAXのカメラ仕様も難解になる。

製品コンセプトもあったかも知れない。
凄いモノ(機能)を搭載して、ユーザーの目を引きたい訳だ。
が、「操作の難しさと、過剰とも言える高機能」、このZ-1の
特性は、バブル崩壊後のユーザー層の感覚(ニーズ)とは
残念ながらマッチしていなかったと思われる。
「で、あれば・・」と、すぐにカメラ開発の方向性をガラリと
変えられる事は、日本人の長所でもあり短所でもあろう。
せっかく考え出した「ハイパー操作系」を潔く廃し、
より安易な操作系にダウングレードしたのが、本機を含む
「MZシリーズ」である。

シャッターダイヤルをA位置にすれば絞り優先、両方Aにすれば
プログラム露出、両方A以外にすればマニュアル露出、と
極めて単純明快な露出操作系が採用された、この方式では
PSAMの露出モードダイヤルを省略する事もできる。
(注:PENTAXでは、P,Tv,Av,M方式である)
ただこれは、MZシリーズが初、という訳ではなく、古くは
例えばマミヤZE-X(1981年)等でも、この操作系が採用された
前例がある。
「複雑な操作系をシンプルなものにダウングレード」という
例は同様にこの時期、ミノルタxiシリーズ→siシリーズもある。
これは「バブリーに行き過ぎた自動化機能」を廃したものだ。
siシリーズはさらに後年に進化し、α-7等の「操作系の究極」
を生み出す事になるが、その話はまた別の記事に譲る。
さらに後年では、SONY NEX-7(2012)→α7(2013)の例もある
こちらは、NEX-7のダイナミック(=動的、操作系が変化する)
な操作系を廃し、α7ではスタティック(=静的、操作系が
変化しない)にダウングレードした、と言う事だ。
(詳細はミラーレス・クラッシックス第8回NEX-7と
第13回α7記事を参照)
ただ、この例では、私は両者の機種を保有しているが、
NEX-7の操作系は極めて高く評価していたのに、α7で
「安易だが、無駄が多い操作系」になってしまった事は
極めて残念であった。
これは「追いついていけないユーザー側が悪い」とも思う。
高度な内容なのは、上級者向け機種であるから当然の話だ、
ビギナーが無理をして(または、自身のスキルに自信を持てない
為に)高級機を欲しがる現代の風潮が最大の問題なのであろう。
PENTAXの例もそうだ、ハイパー操作系は決して悪い仕様では
無いし、事実私もデジタル時代ではK10D→K-5→K-30→KP
とハイパー操作系を搭載するPENTAX機のみを使い続けている。
別にハイパー操作系で悪い点は何も無いし、初級層だけが
ついていけないならば、むしろ、それが問題であろう。
自身が使いこなせないカメラを買う必要は無い訳だ。
ただ、とは言うものの、本機MZ-3のシンプルな露出操作系も
決して捨てたものでは無い。
例えば「露出のマニュアルシフトが事実上できない」とか
重箱の隅をつつくような事を言った所で、銀塩時代の撮影
技法では、そんなに急いで撮影しなくてはならないケースは、
ほぼ皆無だ。滅多に使いもしない機能をあれこれと入れても
殆ど意味が無い。

オートフォーカス、35mm判フィルム使用AEカメラ
最高シャッター速度:1/4000秒
シャッターダイヤル:有り(1秒~1/4000秒)
フラッシュ:内蔵、シンクロ速度1/125秒 X接点
ホットシュー:ペンタプリズム部に固定
ファインダー:固定式、スクリーン交換不可
倍率0.8倍 視野率92%
使用可能レンズ:PENTAX KAf2,KAf,Kマウント
絞り込みプビュー:有り
AF測距点数:3点
AFモード:動体予測AF、マニュアル(MF)
露出制御:絞り環、シャッターダイヤルA位置方式、バルブ有り
測光方式:6分割、中央重点、スポット
露出補正:±3EV,1/2段ステップ(専用ダイヤル)
AEロック:可(メモリーロック表示)
ファインダー内表示:撮影枚数、合焦/フォーカスエイド、絞り値、
シャッター速度、露出補正メーター、その他
視度補正:専用ダイヤルで可
露出ブラケット:可(±1,±1/2)
ミラーアップ:不可
ドライブ:単写、連写、セルフタイマー12秒
連写速度:連続撮影時 秒2コマ
電源:リチウム電池 CR2 2個使用
カスタムファンクション:無し
フィルム感度調整:手動ISO6~6400、DXコード対応
データバック:裏蓋に搭載
本体重量:425g(電池除く)
発売時定価:83,000円(MZ-3ボディのみ)
総合的に見て、無駄な仕様をそぎ落とし、華美なカタログ
スペックも廃し、撮影に基本的に必要な機能だけをシンプル
にまとめたカメラだ。
突出する性能は無いが、極めて理解しやすいアナログ操作
概念を持ち、性能を抑えた事等を理由として小型軽量化も
実現している。
さて、このあたりでシミュレータ機を交換してみよう。
レンズは、FA43mm/f1.9 Limitedのまま、
カメラをフルサイズ・ミラーレス機のSONY α7とする。

褒められた話では無いが、
「最も小型で、最も安価なフルサイズ機」という大きな
長所がある。
どんなカメラにも必ず長所が存在する、それを理解し、
いかに利用するかがユーザー側の責務であり大命題だ。

まず何度も述べている通り、シンプルで明快な操作系がある。
アナログライクなこの操作系は、本機を含むMZシリーズだけ
で終わってしまった訳ではなく、例えば後年2012年からの
ミラーレス機「FUJIFILM Xシリーズ」にも採用されている。
つまり割と普遍的な方式であり、AE型(PSAM)カメラにおける
原点の1つのパターンでの露出制御操作系とも言えるであろう。

抑えた為、本体も小型軽量化された。
本体重量425gは、相当に軽い。
それでいて、見た目のバランスや質感をさほど落としては
おらず、安っぽい、というイメージは無い。
特に、本記事で初回しているMZ-3 SE(Special Edition)型
においては、そこそこ高級感もあって所有満足度も高い。
うまくコンセプト的にまとめられた機種ではあるが、
しかし、他の長所は、残念ながらあまり無い。

やはり総合的に見ると、瞬発的な性能に欠けるところか・・
AF測距は3点だが、精度、速度ともあまり高くなく、
ドライブ(連写)性能も、秒2コマと低い。
しかしまあ、これは「無いものねだり」であって、
もしそうした性能が撮影に必要であれば、例えば同時代の
NIKON F5(1996年、本シリーズ第19回)等を持ち出せば済む。
だが、F5は重厚長大な機種なので、本当に高速連写等が必要
で無いならば重たいそれを持ち出すだけでもストレスとなる。
MZ-3が必要な撮影シーンというのも当然ある訳だ。
事実、私は、銀塩時代においては軽量で高性能なFA43/1.9
との組み合わせで旅行などへ持ち出すケースが多かった。
そんな場合には最強レベルに近いシステムであったとも思う。

仕様上では、多重露光が出来ないとか、ミラーアップが無い、
露出補正やAEブラケットが1/2段刻みで粗いとか、
ファインダー内の露出メーターは露出補正のみで露出差分が
出ないとか、重箱の隅をつつけば色々と出てくるのだが、
それらは、あくまで他機と比べた時に気がつく話である。
必要かどうか、という点では「不要」とも言えるのだ。
まあ、逆に言えば、そういう点は中級マニア層が陥りやすい
課題だ、つまり色々と他機の事を知っているだけに、比べると
そのカメラの細かい欠点が目立ってしまう。
しかし、本来、カメラというものはそういうスタンスで
評価するべきものでは無いと思う。

感覚的な話だ。これは難解だが重要な話である。
まず、カメラに限らず、どのような製品にも「コンセプト」と
いうものが存在し、その中で必要な機能や仕様(スペック)を
決めていく訳だ。むしろMZ-3においても、もっと複雑で高度な
機能や仕様はいくらでも搭載できたのに、それをあえて
(泣く泣く)削って、使い易いカメラに仕上げようとした訳だ。
「モノ」の開発とか「ソフトウェア」の開発においては、
あれこれ機能を搭載する方が、むしろ設計は容易である。
「これも使うかも知れない、あれも使うかもしれない、
これを抜いたらユーザーから文句が出るから入れておこう」
・・だが、そういう設計スタンスでは、結局最後には、化物の
ように仕様が肥大化してしまった製品が出きてしまう。
また、設計側で、あれこれと機能を入れたいが為に、その機能が
どんな時に、どんな状況で、どんな頻度で使われるかを無視して、
「ともかく詰め込め」とばかりに、華美なスペックのカメラが
出来上がるが、実際には「とんでもなく使い難いカメラ」と
なってしまう。
Z-1等がその典型であり、後年の2010年代のデジタル一眼レフ
の高級機も、またその雰囲気が色濃く出てきてしまっている。
PENTAXや他社では、バブル崩壊でユーザー層の意識が変化した
事に気がつき、カメラのスペック競争から一度離れて「操作系」
などの概念を考えるようになっていた。その最終形は2000年
の「ミノルタα-7」だとは思うが、あいにく、もうその直後、
銀塩一眼レフの時代はデジタル化により終焉を迎えてしまう。
「高機能・高性能が欲しい」という、まるでバブル期のような
ユーザーニーズは、四半世紀が過ぎユーザー層が世代交代した、
2010年代後半からもまた復活してしまった、
現代の高級デジタルカメラも、また過剰性能の塊だ。
ただ、ここには別の理由もあって、スマホ等の普及により
写真を撮る事における、デジタルカメラ(一眼、ミラーレス、
コンパクト)の優位性は失われてきてしまっている。
その為、バブル期のような、きらびやかなスペックを並べた
カメラを、バブル期のようなニーズを持つ富裕ユーザー層に
向けて(高価に)売るしか無い状況なのであろう。
さもないと販売金額も利益も減少してしまい、各メーカーは
カメラ事業を継続する事ができない。
まあ、そういう世の中の流れである、結局のところ、現代に
おいては、ユーザーもまた、商品を購入するためのコンセプト
を持って、それに沿って購買行動を起こすしかなくなっている。
高価な高性能カメラが欲しいと思えば、それを買えば良いし
過剰スペックだ、と思えば、買い控えすれば良い。
それは、あくまでユーザー側の好き好きである。
バブル期のように「高価なブランド商品を持っている事で
それがステータス(自慢)となる」という時代では無いのだ。
それぞれのユーザーが自身のコンセプトやライフスタイルに
基づき、カメラライフを楽しめば良い、他人は関係無いのだ。
時代は戻って、本機MZ-3は、そういう「自分サイズ」といった
コンセプトを実現した最初のカメラであったように私は思う。
この時期、「MZ-1」等の最高級機種は発売されていない、
一部のバブリーな生き残りユーザーは、それを期待したが、
ついにそれは発売されなかった。
「もうバブルはこりごりだよ」そういうメーカー側からの
声も、どこからか聞こえてきそうな話だ、まあ今から思うと、
大正解であったように思う。
飾ることも無く、奇をてらうことも無い・・
等身大、ジャストサイズの名機、これが本機MZ-3の真実だ。

評価項目は10項目だ(項目の意味は本シリーズ第1回記事参照)
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PENTAX MZ-3SE (1998年) 注;オリジナルのMZ-3は1997年発売
【基本・付加性能】★★☆
【操作性・操作系】★★★★
【ファインダー 】★★★
【感触性能全般 】★★☆
【質感・高級感 】★★★☆
【マニアック度 】★★★☆
【エンジョイ度 】★★★★☆
【購入時コスパ 】★★☆ (新品在庫品購入価格:40,000円)
【完成度(当時)】★★★★
【歴史的価値 】★★☆
★は1点、☆は0.5点 5点満点
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【総合点(平均)】3.2点
評価結果は、平均点をやや上回る程度だ。
突出しているのは「操作性・操作系」と「エンジョイ度」の
2項目であり、まあ、使いやすく、ストレスにならずに楽しく
撮れる軽量なカメラである、という事である。
他には性能的なメリットは殆ど無い、しかし致命的な弱点も
無く、非常に良くまとめられたカメラである。
限定仕様のSE版では、高級レンズとのセットで、やや割高で
コスパを落とした原因となったが、その分、質感・高級感と
マニアック度が、若干加点されているので、まあノーマルな
MZ-3の場合と、評価点は大差無いであろう。
地味な性能・仕様で、その点では歴史的な価値も無いのだが、
ある意味、「自分サイズ」という等身大の製品コンセプトを
初めて採用した機種と見れば、歴史的価値は高いかも知れない。
で、思い起こせば、個人的には銀塩時代に最も良く持ち出した
PENTAX機が本機であったかも知れず、そのオールラウンドな
実用性は、銀塩一眼レフの中でもピカイチだとも言える。
数値性能の評価には決して現れてこない「名機」なので
あろう・・
もし現代、PENTAXフィルム機が必要となり購入する場合は、
その選択肢としては、本機MZ-3か、あるいは工芸品とも言える
傑作機PENTAX LX(本シリーズ第7回記事、過去最高評価点)の
いずれかしか無いと思う。ただし後者LXは、現代でもなお
比較的高価であるので、まあ予算次第だが・・
(参考:*ist、2003年、未所有、も高性能機だと思うが、
銀塩末期の機体であり、現代での入手性は低いと思われる)
なお、私は、MZ-3とLXは後世に絶対に残すべきPENTAX機だと
思い、デジタル時代になっても処分せず大切に保管している。
次回記事では、引き続き第三世代の銀塩一眼レフを紹介する。