本シリーズは、所有している一眼レフ用の50mm標準レンズを
AF/MF、開放F値等によるカテゴリー別で予選を行い、最後に
決勝で最強の50mmレンズを決定するという趣旨の記事である。
この「選手権」には様々なルール(決め事)があるが、
詳しくは本シリーズ第1回記事を参照の事。
今回は、予選Cブロックとして「AF50mm/f1.4(Part1)」の
レンズを4本紹介(対戦)する。
なお、予選毎には勝ちあがりレンズは決定せず、本シリーズ
記事の終盤で決勝戦進出レンズを発表する。
また、現在所有している標準レンズの数はかなり多いので、
本シリーズ記事は長丁場になる予定だ。
それから、最初に述べておくが、今回の記事では、あまり
客観的視点で参考になる内容を書く事ができていない。
それは、本記事では個人の感覚値による好き嫌いの要素が
多分に入って来ているからだ。
「個人の好き好きだ、と物事の結論を出さない事は良く無い」
と本ブログでは再三述べてはいるが、それは絶対的な価値観を
物差しとして測れる範囲内での話しであり、それを超えて
微妙な差異のレベルにまで言及する場合は、個人的な好みが
入って来てもやむを得ない、とは思っている。
---
さて、まずは今回最初のレンズ。
![_c0032138_06302918.jpg]()
レンズ名:CANON EF 50mm/f1.4 USM
レンズ購入価格:25,000円(中古)
使用カメラ:CANON EOS 30D (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第69回記事で紹介の、
1993年発売のEOS用大口径AF標準レンズ、USM仕様であり、
すなわち超音波モーターを搭載していて、フルタイムMF機能
(AFとMFをスイッチ等で切り替える必要が無く、シームレスに
AFからMFに移行できる)が可能だ。
![_c0032138_06302985.jpg]()
2016年の記事から久しぶりの登場である、これまでのハイコスパ
系シリーズ記事の、いずれでも未紹介であったのは、コスパが
悪いレンズ故に、紹介の機会があまり無かったからだ。
コスパが悪いと言うのは、本レンズの性能において、6群7枚型
の変形ダブルガウス構成は、他社の50mm/f1.4級レンズと同様で
最短撮影距離も45cmとこれまた他社と同様、そして写りも他社と
大差無い事、それでいて、価格が若干高価であったからだ。
まあ、今でこそ25000円(現在の相場はもう少し高目だ)という
価格であれば、近年の新鋭50mm/f1.4に比べて安価に感じるかも
知れないが、AF一眼レフ時代の1990年代~2000年代前半に
おいては、本レンズと同等のスペックの他社製レンズであれば、
1万円台前半位から、高くても1万円台後半迄で中古が入手できた。
まあ、高価なのはUSM(超音波モーター)搭載であるからだろう。
この後の時代、2000年代位では、内蔵手ブレ補正(CANON
ではISと言う)と超音波モーターを搭載したレンズの価格が
吊り上ってしまい、(その後の時代でも同様)どんどんと
交換レンズが高価になって行き、入手し難くなってしまった。
まあつまり、それらの機能は「付加価値」であり、すなわち、
いつも説明しているように、機能をアップして価格を上げる
という市場戦略をメーカーが取ったからだ。
なお、「50mmレンズに手ブレ補正などは不要だ」と
中上級者であれば、そう思う事であろう。
明るい大口径で、小型軽量で焦点距離もさほど望遠では無い、
おまけに近年のデジタル一眼レフでは超高感度も使える、
これでは「手ブレなど、起こりようが無いではないか」となる。
だが近年の新鋭標準レンズ、例えばTAMRON SP45mm/f1.8
(Model F013、2015年発売、レンズマニアックス第7回記事)
では、内蔵手ブレ補正機構(VC)が搭載され、その結果、
定価も9万円+税と、かなり高額になってしまっている。
ちなみに、これは「手ブレ補正や超音波モーターが入っている
から高価だ」と言う訳では無い。その考え方はむしろ逆であり
「高く売りたい為に、手ブレ補正や超音波モーターを入れた」と
判断するのが正解だ。
だから、ユーザー視点からすれば、自分には不要と思われる余分な
機能を付加価値と見れるか否か?という点が重要になってくる。
前述のように、中上級者であれば「標準レンズごときで、
手ブレ補正はいらんよ」と思う事であろう、だから、手ブレ補正
機能を欲しがるのは、「どんな状況・条件で手ブレするのか?」
を殆ど理解していない初級者層のニーズであるとも言える。
だが、初級者が10万円近くもする標準レンズを欲しがるのか?
そこは市場戦略上の矛盾であろう。しかし、そうして高利益型の
商品を展開していかないと、スマホやミラーレス機の台頭で縮退
した一眼レフや交換レンズの市場を、メーカー側は維持できない。
好意的には、こういう風にも捉える事はできる・・
手ブレ補正機能が入っていれば、中上級者であれば、より厳しい
撮影条件(例えば、ISO感度を限界まで上げても、まだシャッター
速度が手ブレ限界を下回る暗所等での厳しい撮影)においても、
手ブレ補正の恩恵で、撮影が継続できる、という解釈だ。
![_c0032138_06302910.jpg]()
本レンズには関係の無い余談が長くなった(汗)
USMや、それによるフルタイムMFは、本レンズ発売時の1990年代
前半では、まだ珍しい付加機能であったの知れないが、その後の
AF~デジタル初期の時代では、多くの交換レンズにその機能が
搭載され、さらに2010年代のミラーレス時代では、ミラーレス機
用の純正AFレンズのほぼ全てに、同様の機能が搭載されている。
だから今となっては目新しい機能では無い事が1つ言える。
もう1つの問題点として、「フルタイムMF」(または、各社に
おける同様の機能)には重大な欠点がある。
「AFからMFにシームレス(つなぎ目が無し)に移行できる」
という機能を実現しようとしたら、AFが、どの合焦距離で止まった
としても、そこからさらにピントリングを廻さなくてはならない
この実現の為には、旧来のMFレンズのような「有限回転式」
(つまり、最短撮影距離と無限遠でピントリングが止まる)の
構造では無理だ。だから「無限回転式」のピントリングを採用
する事が必須となる。
ところが、この「無限回転式」のピントリングでは、前述のように
最短と無限遠でピントが止まらない、すなわち手指の感触で、
速やかに近距離や遠距離の被写体にピントを合わせる、という
MF時代からの基本的撮影技法(技能)が全く役に立たなくなるのだ。
おまけに、レンズ(メーカー)によっては、ピントリングの
回転方向は、他社とは逆の場合もある。だから様々なメーカー
のレンズを使う際、MFでピントを合わせる時、ちょっと迷うの
であるが、まあ、回転方向で迷うならまだしも、最短と無限遠
位置(および、その中間に属する、様々な距離)が、指の感触
(感覚)でわからない以上、MFは極めて使い難くなってしまう。
これはカメラ界全体における「改悪」だと私は思っている。
MFによる高度な撮影技法の継承を失わせてしまいかねない。
「無限回転式」のピントリングでは、「AFが合わない場合に
MFで補助する=微調整」としての消極的な効能しかなく、
「積極的なMFによる撮影技法を有効に使う」という目的には
全く適さないのだ。
ちなみに「積極的なMF技法」とは、例えば近接撮影をしていたら
遠距離に飛ぶ野鳥等の被写体を見つけたとする、その際、
AFレンズでは、どんなにAF速度やAF精度が高くても、まず
そんな被写体には急には対応できない。
カメラを構えて、ピンボケの状態でフレーミングを決め、
測距点上で、うまく飛ぶ野鳥がカバーできる状態にしてから、
さらになお、AFを精度・速度とも万全な状態(機械が十分に
被写体を判別できる状態)で動作させないとならない。
それらの一連の動作を速やかに行う事は、技法上、および
カメラやレンズの性能上、まず無理な話だ。
(注:高いスキルと機材性能があれば、かろうじて可能。
しかしながら、ビギナー層には絶対に無理な話だ)
で、MF技法の場合だが、同じ状況で、カメラを構える途中にも、
手指でMFレンズのピントリングを廻す、これは無限遠で止まる
から、被写体が無限遠ならばそのまま、もう少し近ければ、
わずかにピントリングを止まった位置から戻す。
この結果、カメラを構えてフレーミングを行う瞬間には、
遠距離の野鳥等の被写体がピントが合ってはっきり見えている、
MFなので測距点の選択も不要であるから、そのままゼロタイムで
シャッターを切れば撮影が可能だ。
自分の方に近づいて飛んでくる野鳥等の場合は、MFでピントを
微調整しながら連写を行えば良い、近年の一眼レフやミラーレス機
は高速連写性能に優れるので、ピントを微調整しつつ大量に撮れば、
中にはピントが、ばっちりのカットも必ず存在する。
ミラーレス機やEVF型一眼レフではピーキング機能も使えるので、
上記のような、まぐれ当たり的技法では無くても、動体に追従する
MF操作を行いながら、ピーキングでなんとかピント確認も出来る。
AFの測距点等を外す心配も無用なので、高速で移動する被写体に
おいても、ともかくフレーミング内に納めてしまえば良い。
(後でトリミングで構図を整えれば十分だ)
この状況では、操作に余裕すらあるので、ズーミングにより画角を
変えたりする事も自在だ。
AFに頼ったり、フルタイムMFでは、こうは行かない、という例で
あるが、こうした極端な状況では無いとしても、MFの積極的利用は
技能を磨けば、様々な「AFでは撮れない状況」にも対応可能なのだ。
![_c0032138_06302902.jpg]()
余談が長くなって、ちっとも本EF50/1.4の話が無いのであるが、
他の記事でも書いた通り、50mm/f1.4や50mm/f1.8(級)の
銀塩時代のレンズの構成は、各社殆ど差が無い、したがって
メーカー毎の性能や描写力の差も殆ど無い為、どれを買っても
まあ、同じなのだ。
そうであれば、コスパ的には、安いものを買うべきであろう。
ちなみに、本EF50/1.4の「無限回転式ピントリング」だが、一応
距離指標窓もついていて、最短と無限遠位置でわずかなひっかかり
が存在する。その感触を利用すれば、MFの撮影技法も出来ないと
言う訳では無い、これはまあ、旧来のMF技法を重視した設計仕様と
思われ、まあ、設計当時ではMFを無視する事ができる訳でも
なかっただろうし、「良くわかっている設計だ」とも言える。
これは現代のレンズでの設計コンセプトとは異なるのだが、
前述のように、現代のレンズのMF性能が壊滅的であるので、
むしろ、本レンズであれば、まだギリギリで使えるレベルだ。
(注:現代のレンズであっても、高級タイプでは、こうした
有限と無限回転式のハイブリッド型が多い)
---
さて、次のレンズ。
![_c0032138_06304317.jpg]()
レンズ名:MINOLTA AF 50mm/f1.4 (初期型)
レンズ購入価格:9,000円(中古)
使用カメラ:SONY α700 (APS-C機)
![_c0032138_06304453.jpg]()
ミラーレス・マニアックス第63回記事で紹介の、
1985年発売のα用大口径AF標準レンズ。
本レンズも久々の登場だが、これは、個人的にこのレンズが
あまり好きでは無いからだ。
その理由は、上記のミラーレス記事でも書いたのだが、
本レンズは、カメラ史上では結構稀な「改悪」という歴史を
持ったレンズであったからだ。
ただ、本レンズ自身で「改悪」が行われたのではなく、この
レンズのベースとなったMINOLA New MD50mm/f1.4
(1980年代前半)に問題があった。
他の記事で何度も書いた事なので、簡単に述べるが、
MINOLTAでは、それまで優秀な描写力を持っていた
MC50/1.4,MD50/1.4を、小型化の名目(目的)で
New MD50/1.4にした際に性能を落としてしまっていた。
その後、α-7000(1985)や多数の同時発売のAFレンズの発売の為
改良開発の余裕が無く、そのままAF化されてしまったレンズだ。
さらにはデジタル化(2000年代前半)や、SONYへのαシステム
の移譲(2000年代後半)でも、新規開発の余裕が無かった為に
この課題を抱えた性能のまま、35年間以上も、ずっと販売が
継続されているレンズである。
まあ、性能が良くて完成度が高いから、20年も30年もレンズ
構成を変えていなかった、というケースはカメラ(レンズ)の
歴史の中ではいくつか存在する、しかし、性能に問題がある
ままで継続生産してしまうのはどうなのだろうか?
![_c0032138_06304374.jpg]()
今回、この古いレンズを使う上で、できるだけ時代の古いデジタル
一眼レフと組み合わようとした。その考え方はマニアックな視点
からは不自然では無い。
当初α-7 Digital(2004)を使おうと思って取り出したが、
あいにく丁度バッテリー切れ。充電するのは時間がかかるので、
急遽、SONY α700(2007)の出番となった。
ただ、この組み合わせでも、本体とレンズの時代差は20年を
軽く越えている。
まあでも、元々α-7000(1985)用の標準レンズだ、今回は
型番が似ているだけの理由で、α700で勘弁しててもらおう(笑)
さて、あまり書く事も無いレンズだ。
MINOLTA時代の単焦点レンズには相対的に(=当時の市場と
比較して)描写力の優れるものが多いのであるが、本AF50/1.4は
ちょっと困ったものである。
例えば、エフェクト性能に優れる近年のα77Ⅱとか、あるいは
ミラーレス機でアダプターで使えば、同様に、エフェクトを掛け
(言葉は悪いが)誤魔化してしまう事も出来るのだが、まあ
今回はレンズ自身の性能に、ちゃんと向き合ってみようと、
何の小細工も出来ないα700で試してみている。
![_c0032138_06304312.jpg]()
でもまあ、依然、ちょっと好みでは無い感じの描写傾向だ。
α-7000よりSONY時代の現代までおよそ35年間、その間、
膨大な生産本数があったと思われ、勿論、膨大な数のユーザー
が居るだろうに、あまりこのレンズの悪評が聞こえて来ない
のは、むしろ不思議な状況だ。
まあ、多数のユーザーをがっかりさせるような事を書いても
しかたが無いので、本レンズについての詳細は、ばっさりと
割愛する事にしよう。
---
さて、次のレンズ。
![_c0032138_06305402.jpg]()
レンズ名:NIKON AiAF NIKKOR 50mm/f1.4S
レンズ購入価格:15,000円(中古)
使用カメラ:NIKON D2H (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第49回記事で紹介の、1991年頃に
発売のFマウント用大口径AF標準レンズ。
![_c0032138_06305517.jpg]()
本レンズも、実に久しぶりの登場だ、思うに、今気付いたが
1980年代後半~1990年代前半頃のAF50mm/f1.4級レンズ
には、私は殆ど魅力を感じていない、という事実だ。
同じ50mmm標準でも、F1.2~F1.4級の大口径標準よりも
F1.7~F2級の小口径標準の方が写りが良い、これは銀塩MF
時代のレンズで特に強く感じる事であり、そこから、それらの
レンズはレンズ構成を変える事なく、ほとんど全てが、
1990年前後に、そのままAF化されてしまっていたのだ。
だからAF化された50mm/f1.4級も、結局、高描写力とは言えず、
大口径とAF化で、値段が吊り上ってしまった故に「コスパが
悪い」と見なす事ができる、したがって、これらのレンズは
個人的には好きになれない訳だ。
本シリーズを始める前に、コスパが良いレンズのシリーズ記事を
いくつか掲載してたが、それらの中にAFの50mm/f1.4級レンズは
ほとんど登場しない、まあ、コスパが悪いから当然だ。
そして、高コスパ系のシリーズ記事を書いていく上で、さらに
自分自身の価値観もまた、一層コスパ重視の傾向になっていく、
つまり「値段(購入価格)に見合う性能のレンズで無い限り、
箸にも棒にもかからない」と言う、少々極端な価値感覚となって
しまった訳だ。
「50mm/f1.4級レンズの何が気に入らないのだ?」と言えば、
感覚的な点(個人の好き嫌い)を除いては、恐らくは
「ボケ質破綻の回避が困難」である事が、最も嫌な点であろう。
様々な記事で「各社の50mm標準は、ほとんど同じ性能」と書いて
はいるが、それらが、全て高性能であれば、それで文句は無い。
しかし、「ボケ質破綻の回避が困難」は、一種の欠点である、
上手く撮影条件が揃わない限り、なかなかボケ質が良い状況が
再現できないのであれば、それはイライラが募るばかりだ。
さらに不満な点としては、デジタル一眼レフの光学ファインダー
では、撮影前にボケ質の確認が出来ない点だ、まあ、ミラーレス機
の高精細EVFでは多少なりともそれが可能であるが、一眼レフでは
例えライブビュー機能を使ったところで不可能に近い。
そもそも、この各社の大口径標準レンズにおける、6群7枚の
変形ダブルガウス型の構成が、恐らくその原因なのであろう。
大口径レンズにする為に、小口径標準版でポピュラーな5群6枚
構成よりもレンズ枚数が増えているのだと思われるが、その結果
大口径だから、大きなボケ(=浅い被写界深度)を得たいのに、
ボケ質の破綻が小口径版よりも出やすくなっている事は、
使い勝手の上での矛盾であり、多分そこがイライラの原因だ。
それから、大口径であるが故に、開放近くの絞り値を使いたい
にもかかわらず、この構成の大口径標準レンズは、開放近くでは
解像力の低下や収差の増加が大きく、小口径標準よりも描写が
「甘く感じる」のも不満の1つであり、ここも絞りを開けたい事と
矛盾する為、さらにイライラする羽目になる。
まあ、こうした事は、ミラーレス・マニアックスのシリーズ記事
でミラーレス機を使用して、これらの大口径AF標準レンズを、
さんざん細かく評価した結果でわかった事だ。
それまでの時代のように「AFレンズだから」とデジタル一眼レフで
撮っていただけでは、決して分かる事が無かった事であろう。
「撮影状況によって、ボケ質や解像感が良い場合と、そうでは
無い場合がある、これは何故か?」と、そういう疑問があっても
原因までは、なかなか突き止められなかったに違い無い。
ただ、今回のシリーズ記事ではデジタル一眼レフを使っている
しかも、あえてできるだけ古い時代のデジタル一眼レフが多い、
ここは恐らく、本能的に新鋭デジタル一眼レフとは性能的な
アンバランスを感じているから、そうしている訳である。
なんだか、レンズ性能がたいした事が無いのに、高価な新鋭機
を使うのが勿体無いからだ。これは、カメラの価格や性能が
レンズを遥かに上回る「オフサイド」を禁じる本ブログでの
ルール(持論)にも繋がる事であり、マニア的な感覚から
くるものだ。
![_c0032138_06305531.jpg]()
本レンズ AiAF50/1.4も、どうにも細かい事を書きづらい状況だ、
書けば、きっと文句だらけになってしまうだろう・・
そういうネガテイブな話は、書いていても読んでいても、ちっとも
面白く無い訳だ。
レンズの性能の弱点を見抜く見識があるのであれば、そのレンズの
弱点を回避しながら、良いところだけを活かしてやれば良い、
それがマニアや上級者の正しい思考法であると思う・・
なお、注釈だが、大口径標準レンズの6群7枚変形ダブルガウス型
構成は、例え、各社が殆ど同じレンズ構成であったとしても
レンズの口径(フィルター径)の差異と、それに伴う微妙な
設計の差異はある。
具体的には、本記事での登場レンズのフィルター径を上げれば
CANON EF50/1.4=φ58mm
MINOLTA AF50/1.4=φ49mm
NIKON AiAF50/1.4=φ52mm
PENTAX FA50/1.4=φ49mm
と、各社で異なる。
で、一見すると、口径(フィルター径)が大きい方が
性能が良さそうな印象がある。
ただ、それはあくまでイメージ的(感覚的)な事であり、
50mmレンズでF1.4と言う開放F値の場合、そのレンズの
前玉の有効口径(有効瞳径)は、50mm÷1.4の計算式で
表わされ、約36mmである事が、計算上で決まっている事実だ。
(これ以外の有効口径だと、開放F値が異なる事になる)
まあつまり、フィルター径ではなく、レンズの前玉の直径を
計れば、いずれのレンズもほぼ同じサイズだ、という事になる。
だが、さらに細かく言えば、これは有効口径の話であるから、
微妙にレンズ構成上の設計手法や、前玉のサイズを変えて、
フィルター径を小さくする、すなわち小型化するような
設計技法上での差異は存在するであろう、
実例では、ちょっと前述したが、MINOTAが銀塩MF時代に、
MD50mm/f1.4からNew MD50mm/f1.4に小型化リニューアル
した際に、フィルター径をφ55mmからφ49mmに小さくした。
で、恐らくはその事が「設計に無理をした」という状況になって
いて、「旧型の方が良かった」という評価の原因にも繋がって
きているのだと思われる。
レンズの口径に余裕が無いと、単純な例としては、ボケに口径食
(画面周辺のボケが丸くならず、半月状(レモン形状)に見える)
が発生する等があるが、これは夜景撮影等で特に目立つ話だ。
日中の撮影では、そこまで極端には差異はわから無いとしても、
口径食は、そもそもレンズの周辺光量が不足する状態であるから
ボケ質や周辺画質に影響が出ていない保証は無い。
![_c0032138_06305455.jpg]()
まあ、と言う事で、レンズ構成が全く同じであっても、設計の
差異などで、僅かな性能差は出る可能性がある訳だ。
でもまあ、その話は微々たる差であろう、やはりレンズ構成
そのものが描写傾向に与える影響力の方が大きいと思う。
---
余談が長くなった・・・
では、今回ラストのレンズだ。
![_c0032138_06310369.jpg]()
レンズ名:smc PENTAX-FA 50mm/f1.4
レンズ購入価格:14,000円(中古)
使用カメラ:PENTAX K10D (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第23回記事で紹介の、
1990年代初頭に発売のPENTAX Kマウント用大口径AF標準
レンズ。
本レンズも同様、久しぶりの本記事登場であり、これもまあ
感覚的には嫌いなレンズなのであろう、だから使う事もあまり
無いし、記事で紹介する気にもなれないのだろう。
![_c0032138_06310387.jpg]()
今回の記事で、4本のレンズを全てAPS-C機ばかりで使用している
のも、感覚的(直感的)な理由だ。
使用カメラはレンズの特性や性能に見合ったものを用意するのが
基本ではあるが、その際、個人的には、意識してか無意識にか
大口径標準レンズには、古い時代のAPS-C一眼レフを使ってしまう、
フルサイズ機や新鋭機を所有しているのにもかかわらず、だ。
勿論これらの銀塩時代の大口径AF標準レンズは、フルサイズ対応
である、だが、それを感覚的に嫌うのは、これらは私に言わせれば
性能の低い(正確には、好みでは無い描写傾向の)レンズ群で
あるがら、レンズ周辺の収差などがはっきりとわかってしまう
フルサイズ機では、なんとなく、あまり使いたく無い訳だ。
APS-C機であれば、レンズの中心部の、画質が良い部分しか
写らない、だからまあ、感覚的かつ消極的な手段ではあるが、
画質向上策の一環でもある訳だ。
で、古いデジタル一眼を使うのは、前述のように、マニア的な
視点での「好み」の問題だ、だから、あまりそこは突っ込む
必要は無い・・
それよりむしろ、現代の新鋭デジタル一眼レフと、今から10年
以上も昔の古いデジタル一眼とで、あまりはっきりとわかる
描写力の差異が無い点に、むしろ注目するべきではなかろうか?
まあつまり、オールドのデジタル一眼も、まだまだ現役で使える
という意味だ。
オールド一眼は、最新機種に比べて、仕様・機能的に見劣りする
だけであり(例、連写性能や最高感度等) 写真を撮る、という
その事自体については、古いデジタル一眼でも撮影条件を整えば
余り問題は無いのだ。
だったら最新機種を買う意味があるのだろうか? という点だが
ここは難しい。古いものばかりを使っていたら、やはり気分が
良い訳ではないだろうからだ。無駄なAF性能や高速連写だと知って
いても、やはり素早くピタリとAFが合って、ダダダダ・・と連写が
できれば気分的には爽快だ。ピントがなかなか合わない、連写が遅い
等という状況では、写真を撮っていても、あまり楽しく無い訳だ。
![_c0032138_06310320.jpg]()
本レンズFA50/1.4だが、やはり他の今回紹介のAF大口径標準と
大差無い性能だ、そして、それが個人的な好みにあまり合致
しないのも何度も述べてきた通り。
このあたりは、感覚的な要素も大きい話なので、具体的な長所
短所を述べる事もやりにくい、説明がすっきりとしないので
少々もどかしい所もあるが、まあ、やむを得ないであろう。
![_c0032138_06310356.jpg]()
今回の記事は、あまり論理的な要素は無いので、読者の参考に
ならない内容かも知れない、ただまあ、映像やら音楽やらの
アート分野においては、どうしても理屈では割り切れない部分も
少なからず存在するのだ。
後は、実際に多数のこうした標準レンズを購入して、それらを
自分の目で差異を確かめてみるしか、それを知る手段は無いの
かも知れない・・
---
さて、ここまでで「最強50mmレンズ選手権」における
予選Cブロック「AF50mm/f1.4 Part1」の記事は終了だ、
次回の本シリーズ記事は、
予選Dブロック「MF50mm/f1.8」となる予定。
AF/MF、開放F値等によるカテゴリー別で予選を行い、最後に
決勝で最強の50mmレンズを決定するという趣旨の記事である。
この「選手権」には様々なルール(決め事)があるが、
詳しくは本シリーズ第1回記事を参照の事。
今回は、予選Cブロックとして「AF50mm/f1.4(Part1)」の
レンズを4本紹介(対戦)する。
なお、予選毎には勝ちあがりレンズは決定せず、本シリーズ
記事の終盤で決勝戦進出レンズを発表する。
また、現在所有している標準レンズの数はかなり多いので、
本シリーズ記事は長丁場になる予定だ。
それから、最初に述べておくが、今回の記事では、あまり
客観的視点で参考になる内容を書く事ができていない。
それは、本記事では個人の感覚値による好き嫌いの要素が
多分に入って来ているからだ。
「個人の好き好きだ、と物事の結論を出さない事は良く無い」
と本ブログでは再三述べてはいるが、それは絶対的な価値観を
物差しとして測れる範囲内での話しであり、それを超えて
微妙な差異のレベルにまで言及する場合は、個人的な好みが
入って来てもやむを得ない、とは思っている。
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さて、まずは今回最初のレンズ。

レンズ購入価格:25,000円(中古)
使用カメラ:CANON EOS 30D (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第69回記事で紹介の、
1993年発売のEOS用大口径AF標準レンズ、USM仕様であり、
すなわち超音波モーターを搭載していて、フルタイムMF機能
(AFとMFをスイッチ等で切り替える必要が無く、シームレスに
AFからMFに移行できる)が可能だ。

系シリーズ記事の、いずれでも未紹介であったのは、コスパが
悪いレンズ故に、紹介の機会があまり無かったからだ。
コスパが悪いと言うのは、本レンズの性能において、6群7枚型
の変形ダブルガウス構成は、他社の50mm/f1.4級レンズと同様で
最短撮影距離も45cmとこれまた他社と同様、そして写りも他社と
大差無い事、それでいて、価格が若干高価であったからだ。
まあ、今でこそ25000円(現在の相場はもう少し高目だ)という
価格であれば、近年の新鋭50mm/f1.4に比べて安価に感じるかも
知れないが、AF一眼レフ時代の1990年代~2000年代前半に
おいては、本レンズと同等のスペックの他社製レンズであれば、
1万円台前半位から、高くても1万円台後半迄で中古が入手できた。
まあ、高価なのはUSM(超音波モーター)搭載であるからだろう。
この後の時代、2000年代位では、内蔵手ブレ補正(CANON
ではISと言う)と超音波モーターを搭載したレンズの価格が
吊り上ってしまい、(その後の時代でも同様)どんどんと
交換レンズが高価になって行き、入手し難くなってしまった。
まあつまり、それらの機能は「付加価値」であり、すなわち、
いつも説明しているように、機能をアップして価格を上げる
という市場戦略をメーカーが取ったからだ。
なお、「50mmレンズに手ブレ補正などは不要だ」と
中上級者であれば、そう思う事であろう。
明るい大口径で、小型軽量で焦点距離もさほど望遠では無い、
おまけに近年のデジタル一眼レフでは超高感度も使える、
これでは「手ブレなど、起こりようが無いではないか」となる。
だが近年の新鋭標準レンズ、例えばTAMRON SP45mm/f1.8
(Model F013、2015年発売、レンズマニアックス第7回記事)
では、内蔵手ブレ補正機構(VC)が搭載され、その結果、
定価も9万円+税と、かなり高額になってしまっている。
ちなみに、これは「手ブレ補正や超音波モーターが入っている
から高価だ」と言う訳では無い。その考え方はむしろ逆であり
「高く売りたい為に、手ブレ補正や超音波モーターを入れた」と
判断するのが正解だ。
だから、ユーザー視点からすれば、自分には不要と思われる余分な
機能を付加価値と見れるか否か?という点が重要になってくる。
前述のように、中上級者であれば「標準レンズごときで、
手ブレ補正はいらんよ」と思う事であろう、だから、手ブレ補正
機能を欲しがるのは、「どんな状況・条件で手ブレするのか?」
を殆ど理解していない初級者層のニーズであるとも言える。
だが、初級者が10万円近くもする標準レンズを欲しがるのか?
そこは市場戦略上の矛盾であろう。しかし、そうして高利益型の
商品を展開していかないと、スマホやミラーレス機の台頭で縮退
した一眼レフや交換レンズの市場を、メーカー側は維持できない。
好意的には、こういう風にも捉える事はできる・・
手ブレ補正機能が入っていれば、中上級者であれば、より厳しい
撮影条件(例えば、ISO感度を限界まで上げても、まだシャッター
速度が手ブレ限界を下回る暗所等での厳しい撮影)においても、
手ブレ補正の恩恵で、撮影が継続できる、という解釈だ。

USMや、それによるフルタイムMFは、本レンズ発売時の1990年代
前半では、まだ珍しい付加機能であったの知れないが、その後の
AF~デジタル初期の時代では、多くの交換レンズにその機能が
搭載され、さらに2010年代のミラーレス時代では、ミラーレス機
用の純正AFレンズのほぼ全てに、同様の機能が搭載されている。
だから今となっては目新しい機能では無い事が1つ言える。
もう1つの問題点として、「フルタイムMF」(または、各社に
おける同様の機能)には重大な欠点がある。
「AFからMFにシームレス(つなぎ目が無し)に移行できる」
という機能を実現しようとしたら、AFが、どの合焦距離で止まった
としても、そこからさらにピントリングを廻さなくてはならない
この実現の為には、旧来のMFレンズのような「有限回転式」
(つまり、最短撮影距離と無限遠でピントリングが止まる)の
構造では無理だ。だから「無限回転式」のピントリングを採用
する事が必須となる。
ところが、この「無限回転式」のピントリングでは、前述のように
最短と無限遠でピントが止まらない、すなわち手指の感触で、
速やかに近距離や遠距離の被写体にピントを合わせる、という
MF時代からの基本的撮影技法(技能)が全く役に立たなくなるのだ。
おまけに、レンズ(メーカー)によっては、ピントリングの
回転方向は、他社とは逆の場合もある。だから様々なメーカー
のレンズを使う際、MFでピントを合わせる時、ちょっと迷うの
であるが、まあ、回転方向で迷うならまだしも、最短と無限遠
位置(および、その中間に属する、様々な距離)が、指の感触
(感覚)でわからない以上、MFは極めて使い難くなってしまう。
これはカメラ界全体における「改悪」だと私は思っている。
MFによる高度な撮影技法の継承を失わせてしまいかねない。
「無限回転式」のピントリングでは、「AFが合わない場合に
MFで補助する=微調整」としての消極的な効能しかなく、
「積極的なMFによる撮影技法を有効に使う」という目的には
全く適さないのだ。
ちなみに「積極的なMF技法」とは、例えば近接撮影をしていたら
遠距離に飛ぶ野鳥等の被写体を見つけたとする、その際、
AFレンズでは、どんなにAF速度やAF精度が高くても、まず
そんな被写体には急には対応できない。
カメラを構えて、ピンボケの状態でフレーミングを決め、
測距点上で、うまく飛ぶ野鳥がカバーできる状態にしてから、
さらになお、AFを精度・速度とも万全な状態(機械が十分に
被写体を判別できる状態)で動作させないとならない。
それらの一連の動作を速やかに行う事は、技法上、および
カメラやレンズの性能上、まず無理な話だ。
(注:高いスキルと機材性能があれば、かろうじて可能。
しかしながら、ビギナー層には絶対に無理な話だ)
で、MF技法の場合だが、同じ状況で、カメラを構える途中にも、
手指でMFレンズのピントリングを廻す、これは無限遠で止まる
から、被写体が無限遠ならばそのまま、もう少し近ければ、
わずかにピントリングを止まった位置から戻す。
この結果、カメラを構えてフレーミングを行う瞬間には、
遠距離の野鳥等の被写体がピントが合ってはっきり見えている、
MFなので測距点の選択も不要であるから、そのままゼロタイムで
シャッターを切れば撮影が可能だ。
自分の方に近づいて飛んでくる野鳥等の場合は、MFでピントを
微調整しながら連写を行えば良い、近年の一眼レフやミラーレス機
は高速連写性能に優れるので、ピントを微調整しつつ大量に撮れば、
中にはピントが、ばっちりのカットも必ず存在する。
ミラーレス機やEVF型一眼レフではピーキング機能も使えるので、
上記のような、まぐれ当たり的技法では無くても、動体に追従する
MF操作を行いながら、ピーキングでなんとかピント確認も出来る。
AFの測距点等を外す心配も無用なので、高速で移動する被写体に
おいても、ともかくフレーミング内に納めてしまえば良い。
(後でトリミングで構図を整えれば十分だ)
この状況では、操作に余裕すらあるので、ズーミングにより画角を
変えたりする事も自在だ。
AFに頼ったり、フルタイムMFでは、こうは行かない、という例で
あるが、こうした極端な状況では無いとしても、MFの積極的利用は
技能を磨けば、様々な「AFでは撮れない状況」にも対応可能なのだ。

他の記事でも書いた通り、50mm/f1.4や50mm/f1.8(級)の
銀塩時代のレンズの構成は、各社殆ど差が無い、したがって
メーカー毎の性能や描写力の差も殆ど無い為、どれを買っても
まあ、同じなのだ。
そうであれば、コスパ的には、安いものを買うべきであろう。
ちなみに、本EF50/1.4の「無限回転式ピントリング」だが、一応
距離指標窓もついていて、最短と無限遠位置でわずかなひっかかり
が存在する。その感触を利用すれば、MFの撮影技法も出来ないと
言う訳では無い、これはまあ、旧来のMF技法を重視した設計仕様と
思われ、まあ、設計当時ではMFを無視する事ができる訳でも
なかっただろうし、「良くわかっている設計だ」とも言える。
これは現代のレンズでの設計コンセプトとは異なるのだが、
前述のように、現代のレンズのMF性能が壊滅的であるので、
むしろ、本レンズであれば、まだギリギリで使えるレベルだ。
(注:現代のレンズであっても、高級タイプでは、こうした
有限と無限回転式のハイブリッド型が多い)
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さて、次のレンズ。

レンズ購入価格:9,000円(中古)
使用カメラ:SONY α700 (APS-C機)

1985年発売のα用大口径AF標準レンズ。
本レンズも久々の登場だが、これは、個人的にこのレンズが
あまり好きでは無いからだ。
その理由は、上記のミラーレス記事でも書いたのだが、
本レンズは、カメラ史上では結構稀な「改悪」という歴史を
持ったレンズであったからだ。
ただ、本レンズ自身で「改悪」が行われたのではなく、この
レンズのベースとなったMINOLA New MD50mm/f1.4
(1980年代前半)に問題があった。
他の記事で何度も書いた事なので、簡単に述べるが、
MINOLTAでは、それまで優秀な描写力を持っていた
MC50/1.4,MD50/1.4を、小型化の名目(目的)で
New MD50/1.4にした際に性能を落としてしまっていた。
その後、α-7000(1985)や多数の同時発売のAFレンズの発売の為
改良開発の余裕が無く、そのままAF化されてしまったレンズだ。
さらにはデジタル化(2000年代前半)や、SONYへのαシステム
の移譲(2000年代後半)でも、新規開発の余裕が無かった為に
この課題を抱えた性能のまま、35年間以上も、ずっと販売が
継続されているレンズである。
まあ、性能が良くて完成度が高いから、20年も30年もレンズ
構成を変えていなかった、というケースはカメラ(レンズ)の
歴史の中ではいくつか存在する、しかし、性能に問題がある
ままで継続生産してしまうのはどうなのだろうか?

一眼レフと組み合わようとした。その考え方はマニアックな視点
からは不自然では無い。
当初α-7 Digital(2004)を使おうと思って取り出したが、
あいにく丁度バッテリー切れ。充電するのは時間がかかるので、
急遽、SONY α700(2007)の出番となった。
ただ、この組み合わせでも、本体とレンズの時代差は20年を
軽く越えている。
まあでも、元々α-7000(1985)用の標準レンズだ、今回は
型番が似ているだけの理由で、α700で勘弁しててもらおう(笑)
さて、あまり書く事も無いレンズだ。
MINOLTA時代の単焦点レンズには相対的に(=当時の市場と
比較して)描写力の優れるものが多いのであるが、本AF50/1.4は
ちょっと困ったものである。
例えば、エフェクト性能に優れる近年のα77Ⅱとか、あるいは
ミラーレス機でアダプターで使えば、同様に、エフェクトを掛け
(言葉は悪いが)誤魔化してしまう事も出来るのだが、まあ
今回はレンズ自身の性能に、ちゃんと向き合ってみようと、
何の小細工も出来ないα700で試してみている。

α-7000よりSONY時代の現代までおよそ35年間、その間、
膨大な生産本数があったと思われ、勿論、膨大な数のユーザー
が居るだろうに、あまりこのレンズの悪評が聞こえて来ない
のは、むしろ不思議な状況だ。
まあ、多数のユーザーをがっかりさせるような事を書いても
しかたが無いので、本レンズについての詳細は、ばっさりと
割愛する事にしよう。
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さて、次のレンズ。

レンズ購入価格:15,000円(中古)
使用カメラ:NIKON D2H (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第49回記事で紹介の、1991年頃に
発売のFマウント用大口径AF標準レンズ。

1980年代後半~1990年代前半頃のAF50mm/f1.4級レンズ
には、私は殆ど魅力を感じていない、という事実だ。
同じ50mmm標準でも、F1.2~F1.4級の大口径標準よりも
F1.7~F2級の小口径標準の方が写りが良い、これは銀塩MF
時代のレンズで特に強く感じる事であり、そこから、それらの
レンズはレンズ構成を変える事なく、ほとんど全てが、
1990年前後に、そのままAF化されてしまっていたのだ。
だからAF化された50mm/f1.4級も、結局、高描写力とは言えず、
大口径とAF化で、値段が吊り上ってしまった故に「コスパが
悪い」と見なす事ができる、したがって、これらのレンズは
個人的には好きになれない訳だ。
本シリーズを始める前に、コスパが良いレンズのシリーズ記事を
いくつか掲載してたが、それらの中にAFの50mm/f1.4級レンズは
ほとんど登場しない、まあ、コスパが悪いから当然だ。
そして、高コスパ系のシリーズ記事を書いていく上で、さらに
自分自身の価値観もまた、一層コスパ重視の傾向になっていく、
つまり「値段(購入価格)に見合う性能のレンズで無い限り、
箸にも棒にもかからない」と言う、少々極端な価値感覚となって
しまった訳だ。
「50mm/f1.4級レンズの何が気に入らないのだ?」と言えば、
感覚的な点(個人の好き嫌い)を除いては、恐らくは
「ボケ質破綻の回避が困難」である事が、最も嫌な点であろう。
様々な記事で「各社の50mm標準は、ほとんど同じ性能」と書いて
はいるが、それらが、全て高性能であれば、それで文句は無い。
しかし、「ボケ質破綻の回避が困難」は、一種の欠点である、
上手く撮影条件が揃わない限り、なかなかボケ質が良い状況が
再現できないのであれば、それはイライラが募るばかりだ。
さらに不満な点としては、デジタル一眼レフの光学ファインダー
では、撮影前にボケ質の確認が出来ない点だ、まあ、ミラーレス機
の高精細EVFでは多少なりともそれが可能であるが、一眼レフでは
例えライブビュー機能を使ったところで不可能に近い。
そもそも、この各社の大口径標準レンズにおける、6群7枚の
変形ダブルガウス型の構成が、恐らくその原因なのであろう。
大口径レンズにする為に、小口径標準版でポピュラーな5群6枚
構成よりもレンズ枚数が増えているのだと思われるが、その結果
大口径だから、大きなボケ(=浅い被写界深度)を得たいのに、
ボケ質の破綻が小口径版よりも出やすくなっている事は、
使い勝手の上での矛盾であり、多分そこがイライラの原因だ。
それから、大口径であるが故に、開放近くの絞り値を使いたい
にもかかわらず、この構成の大口径標準レンズは、開放近くでは
解像力の低下や収差の増加が大きく、小口径標準よりも描写が
「甘く感じる」のも不満の1つであり、ここも絞りを開けたい事と
矛盾する為、さらにイライラする羽目になる。
まあ、こうした事は、ミラーレス・マニアックスのシリーズ記事
でミラーレス機を使用して、これらの大口径AF標準レンズを、
さんざん細かく評価した結果でわかった事だ。
それまでの時代のように「AFレンズだから」とデジタル一眼レフで
撮っていただけでは、決して分かる事が無かった事であろう。
「撮影状況によって、ボケ質や解像感が良い場合と、そうでは
無い場合がある、これは何故か?」と、そういう疑問があっても
原因までは、なかなか突き止められなかったに違い無い。
ただ、今回のシリーズ記事ではデジタル一眼レフを使っている
しかも、あえてできるだけ古い時代のデジタル一眼レフが多い、
ここは恐らく、本能的に新鋭デジタル一眼レフとは性能的な
アンバランスを感じているから、そうしている訳である。
なんだか、レンズ性能がたいした事が無いのに、高価な新鋭機
を使うのが勿体無いからだ。これは、カメラの価格や性能が
レンズを遥かに上回る「オフサイド」を禁じる本ブログでの
ルール(持論)にも繋がる事であり、マニア的な感覚から
くるものだ。

書けば、きっと文句だらけになってしまうだろう・・
そういうネガテイブな話は、書いていても読んでいても、ちっとも
面白く無い訳だ。
レンズの性能の弱点を見抜く見識があるのであれば、そのレンズの
弱点を回避しながら、良いところだけを活かしてやれば良い、
それがマニアや上級者の正しい思考法であると思う・・
なお、注釈だが、大口径標準レンズの6群7枚変形ダブルガウス型
構成は、例え、各社が殆ど同じレンズ構成であったとしても
レンズの口径(フィルター径)の差異と、それに伴う微妙な
設計の差異はある。
具体的には、本記事での登場レンズのフィルター径を上げれば
CANON EF50/1.4=φ58mm
MINOLTA AF50/1.4=φ49mm
NIKON AiAF50/1.4=φ52mm
PENTAX FA50/1.4=φ49mm
と、各社で異なる。
で、一見すると、口径(フィルター径)が大きい方が
性能が良さそうな印象がある。
ただ、それはあくまでイメージ的(感覚的)な事であり、
50mmレンズでF1.4と言う開放F値の場合、そのレンズの
前玉の有効口径(有効瞳径)は、50mm÷1.4の計算式で
表わされ、約36mmである事が、計算上で決まっている事実だ。
(これ以外の有効口径だと、開放F値が異なる事になる)
まあつまり、フィルター径ではなく、レンズの前玉の直径を
計れば、いずれのレンズもほぼ同じサイズだ、という事になる。
だが、さらに細かく言えば、これは有効口径の話であるから、
微妙にレンズ構成上の設計手法や、前玉のサイズを変えて、
フィルター径を小さくする、すなわち小型化するような
設計技法上での差異は存在するであろう、
実例では、ちょっと前述したが、MINOTAが銀塩MF時代に、
MD50mm/f1.4からNew MD50mm/f1.4に小型化リニューアル
した際に、フィルター径をφ55mmからφ49mmに小さくした。
で、恐らくはその事が「設計に無理をした」という状況になって
いて、「旧型の方が良かった」という評価の原因にも繋がって
きているのだと思われる。
レンズの口径に余裕が無いと、単純な例としては、ボケに口径食
(画面周辺のボケが丸くならず、半月状(レモン形状)に見える)
が発生する等があるが、これは夜景撮影等で特に目立つ話だ。
日中の撮影では、そこまで極端には差異はわから無いとしても、
口径食は、そもそもレンズの周辺光量が不足する状態であるから
ボケ質や周辺画質に影響が出ていない保証は無い。

差異などで、僅かな性能差は出る可能性がある訳だ。
でもまあ、その話は微々たる差であろう、やはりレンズ構成
そのものが描写傾向に与える影響力の方が大きいと思う。
---
余談が長くなった・・・
では、今回ラストのレンズだ。

レンズ購入価格:14,000円(中古)
使用カメラ:PENTAX K10D (APS-C機)
ミラーレス・マニアックス第23回記事で紹介の、
1990年代初頭に発売のPENTAX Kマウント用大口径AF標準
レンズ。
本レンズも同様、久しぶりの本記事登場であり、これもまあ
感覚的には嫌いなレンズなのであろう、だから使う事もあまり
無いし、記事で紹介する気にもなれないのだろう。

のも、感覚的(直感的)な理由だ。
使用カメラはレンズの特性や性能に見合ったものを用意するのが
基本ではあるが、その際、個人的には、意識してか無意識にか
大口径標準レンズには、古い時代のAPS-C一眼レフを使ってしまう、
フルサイズ機や新鋭機を所有しているのにもかかわらず、だ。
勿論これらの銀塩時代の大口径AF標準レンズは、フルサイズ対応
である、だが、それを感覚的に嫌うのは、これらは私に言わせれば
性能の低い(正確には、好みでは無い描写傾向の)レンズ群で
あるがら、レンズ周辺の収差などがはっきりとわかってしまう
フルサイズ機では、なんとなく、あまり使いたく無い訳だ。
APS-C機であれば、レンズの中心部の、画質が良い部分しか
写らない、だからまあ、感覚的かつ消極的な手段ではあるが、
画質向上策の一環でもある訳だ。
で、古いデジタル一眼を使うのは、前述のように、マニア的な
視点での「好み」の問題だ、だから、あまりそこは突っ込む
必要は無い・・
それよりむしろ、現代の新鋭デジタル一眼レフと、今から10年
以上も昔の古いデジタル一眼とで、あまりはっきりとわかる
描写力の差異が無い点に、むしろ注目するべきではなかろうか?
まあつまり、オールドのデジタル一眼も、まだまだ現役で使える
という意味だ。
オールド一眼は、最新機種に比べて、仕様・機能的に見劣りする
だけであり(例、連写性能や最高感度等) 写真を撮る、という
その事自体については、古いデジタル一眼でも撮影条件を整えば
余り問題は無いのだ。
だったら最新機種を買う意味があるのだろうか? という点だが
ここは難しい。古いものばかりを使っていたら、やはり気分が
良い訳ではないだろうからだ。無駄なAF性能や高速連写だと知って
いても、やはり素早くピタリとAFが合って、ダダダダ・・と連写が
できれば気分的には爽快だ。ピントがなかなか合わない、連写が遅い
等という状況では、写真を撮っていても、あまり楽しく無い訳だ。

大差無い性能だ、そして、それが個人的な好みにあまり合致
しないのも何度も述べてきた通り。
このあたりは、感覚的な要素も大きい話なので、具体的な長所
短所を述べる事もやりにくい、説明がすっきりとしないので
少々もどかしい所もあるが、まあ、やむを得ないであろう。

ならない内容かも知れない、ただまあ、映像やら音楽やらの
アート分野においては、どうしても理屈では割り切れない部分も
少なからず存在するのだ。
後は、実際に多数のこうした標準レンズを購入して、それらを
自分の目で差異を確かめてみるしか、それを知る手段は無いの
かも知れない・・
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さて、ここまでで「最強50mmレンズ選手権」における
予選Cブロック「AF50mm/f1.4 Part1」の記事は終了だ、
次回の本シリーズ記事は、
予選Dブロック「MF50mm/f1.8」となる予定。